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第35話「斬る者に、凍てつく一杯を」

〜剣豪とサムライ・ロック〜


 扉が開いた。


 静かに、しかし確実に。

 そこに立つ男の姿は、まるで”鞘に納められた剣”のようだった。


 鋭い眼光、無駄のない立ち姿。

 腰には一本の刀。

 布で包まれた柄は、使い込まれた名残を見せている。


 彼は黙ってカウンターに腰を下ろし、静かに言った。


 「……冴える酒を」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「サムライ・ロック——“研ぎ澄まされた刃”のための一杯だ」


 ロックグラスに大ぶりの氷を入れ、

 日本酒とライムジュースを注ぐ。

 バースプーンでゆっくりとステアすると、

 淡い黄金色の液体が、静かに氷の上を滑る。


 「どうぞ」


 剣豪はグラスを持ち上げ、一口。


 「……っ」


 日本酒の柔らかな甘みと、ライムの鋭い酸味。

 まるで”柔と剛”が一つに溶け合ったような味わい。


 「……斬れるな」


 彼は目を細め、グラスを揺らす。


 「剣と同じだ。ただ振るうだけでは斬れない。

  力だけではなく、“冴え”が必要だ」


 俺は静かに頷く。


 「だからこそ、お前さんは”冴える酒”を求めたんだろう?」


 剣豪は微かに笑い、もう一口飲む。


 「——なるほど、これは”切れる”味だ」


 最後の一滴を飲み干し、静かにグラスを置く。


 「いい酒だった」


 彼は金貨を置き、ゆっくりと立ち上がる。


 「また来よう。……斬れなくなったときに」


 「待ってるよ。その時は、“心を研ぐ一杯”を用意しておく」


 扉が開く。


 剣豪は迷いなく、夜の闇へと消えていった。


 ——今夜もまた、一人の”斬る者”に凍てつく一杯を届けた。

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