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第39話「呪われし刃に、血の杯を」

〜魔剣士とブラッディ・スローン〜


 扉が開いた。


 ——いや、まるで”闇そのもの”が滑り込んできたかのようだった。


 店の灯りが一瞬、揺れる。

 カウンターに腰を下ろしたのは、一人の剣士。


 黒き外套、鋭い眼差し。

 腰には、一目で”ただの剣ではない”と分かる禍々しき刃が吊るされている。

 その柄に触れる指先から、かすかに”黒い靄”が滲んでいた。


 ——魔剣士、か。


 彼は低く呟く。


 「……“血”の味がする酒を」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「ブラッディ・スローン——“血塗られた王座”の名を持つ一杯だ」


 ロックグラスに大きな氷を落とし、

 ラム、ドライベルモット、チェリーブランデーを注ぐ。

 静かにステアし、最後にオレンジピールを軽くひねる。


 琥珀と深紅が絡み合い、

 まるで”血と呪い”のように妖しく輝く。


 「どうぞ」


 魔剣士は無言でグラスを持ち上げ、一口。


 「……っ」


 ラムの濃厚なコク、ベルモットの仄かな苦み、

 チェリーブランデーの甘やかで妖艶な余韻。


 そのすべてが混ざり合い、“呪われた剣”のような味わい。


 「……なるほど。“血の契約”のような酒だな」


 俺はグラスを拭きながら言う。


 「その剣——“飲む”のは、お前だけじゃないんだろう?」


 魔剣士は静かに目を細める。


 「……ふ、さすがだな」


 グラスの中の赤い液体をじっと見つめる。


 「この剣は、“血を啜る”。

  持ち主の魂すらもな」


 そして、小さく笑う。


 「だから俺は、こうして”別の血”を飲まなければならない」


 最後の一口を飲み干し、静かにグラスを置く。


 「いい酒だった」


 彼は懐から黒銀のコインを取り出し、カウンターに置く。


 「また来よう。……俺が”まだ俺でいられるうちに”な」


 俺は微かに笑った。


 「待ってるよ。その時は、“呪いを断つ酒”を用意しておく」


 扉が開く。


 魔剣士は、再び”呪われた剣”を伴い、闇へと消えていった。


 ——今夜もまた、一人の”血を背負う者”に血の杯を届けた。

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