〜魔剣士とブラッディ・スローン〜
扉が開いた。
——いや、まるで”闇そのもの”が滑り込んできたかのようだった。
店の灯りが一瞬、揺れる。
カウンターに腰を下ろしたのは、一人の剣士。
黒き外套、鋭い眼差し。
腰には、一目で”ただの剣ではない”と分かる禍々しき刃が吊るされている。
その柄に触れる指先から、かすかに”黒い靄”が滲んでいた。
——魔剣士、か。
彼は低く呟く。
「……“血”の味がする酒を」
俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。
「ブラッディ・スローン——“血塗られた王座”の名を持つ一杯だ」
ロックグラスに大きな氷を落とし、
ラム、ドライベルモット、チェリーブランデーを注ぐ。
静かにステアし、最後にオレンジピールを軽くひねる。
琥珀と深紅が絡み合い、
まるで”血と呪い”のように妖しく輝く。
「どうぞ」
魔剣士は無言でグラスを持ち上げ、一口。
「……っ」
ラムの濃厚なコク、ベルモットの仄かな苦み、
チェリーブランデーの甘やかで妖艶な余韻。
そのすべてが混ざり合い、“呪われた剣”のような味わい。
「……なるほど。“血の契約”のような酒だな」
俺はグラスを拭きながら言う。
「その剣——“飲む”のは、お前だけじゃないんだろう?」
魔剣士は静かに目を細める。
「……ふ、さすがだな」
グラスの中の赤い液体をじっと見つめる。
「この剣は、“血を啜る”。
持ち主の魂すらもな」
そして、小さく笑う。
「だから俺は、こうして”別の血”を飲まなければならない」
最後の一口を飲み干し、静かにグラスを置く。
「いい酒だった」
彼は懐から黒銀のコインを取り出し、カウンターに置く。
「また来よう。……俺が”まだ俺でいられるうちに”な」
俺は微かに笑った。
「待ってるよ。その時は、“呪いを断つ酒”を用意しておく」
扉が開く。
魔剣士は、再び”呪われた剣”を伴い、闇へと消えていった。
——今夜もまた、一人の”血を背負う者”に血の杯を届けた。