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第40話「最後の夜に、運命の一杯を」

〜死刑囚とラストワード〜


 扉が開いた。


 いや、“開かされた”のかもしれない。


 店内の空気が変わる。

 カウンターへと歩み寄るのは、一人の男。


 両手には錠。

 足元には、まだ外されていない鉄の枷。


 ——死刑囚、か。


 後ろに控えるのは、護送の兵士。

 だが、死刑囚はまるで”ただの客”のように、ゆっくりと腰を下ろした。


 「……最後の夜だ」


 静かに、だがどこか満ち足りた声で呟く。


 「“人生の締めくくり”にふさわしい酒を頼むよ」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「ラストワード——“最後の言葉”の名を持つ一杯だ」


 シェイカーにジン、ライムジュース、シャルトリューズ、マラスキーノリキュールを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、淡い緑の光が揺れる。

 まるで、“運命の行く末”を示すかのように。


 「どうぞ」


 死刑囚はグラスを見つめ、口元に薄く笑みを浮かべた。


 「……いい色だ。まるで”死と再生”の狭間のようだな」


 そして、一口。


 「……っは」


 シャルトリューズの深いハーブの香り、

 ライムの鋭い酸味、

 マラスキーノの甘やかな余韻。


 そのすべてが混ざり合い、まるで”運命の皮肉”のような味わい。


 「……なるほど。“最後の一杯”にふさわしいな」


 俺は静かにグラスを拭く。


 「“最後の言葉”は、もう決めてるのか?」


 死刑囚は微かに笑い、グラスを揺らす。


 「“最後”に言うことなんて、もうないさ。

  ただ……“この一杯は美味かった”と、それだけでいい」


 そして、静かにグラスを置いた。


 「ありがとう、マスター」


 後ろの兵士が一歩前に出る。


 「時間だ」


 死刑囚は頷き、立ち上がる。


 そして、微笑んだ。


 「——また来るよ。“もし、生まれ変われたなら”な」


 扉が開く。


 死刑囚は、最後まで”自由な男”のまま、闇へと消えていった。


 ——今夜もまた、一人の”運命の旅人”に最後の一杯を届けた。

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