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第42話「影の治療者に、煙る処方を」

〜闇医者とペニシリン〜


 扉が開いた。


 だが、その客は”普通に”入ってきたわけではなかった。


 店の隅の暗がりから、まるで最初からそこにいたかのように現れた。


 ——闇医者、か。


 黒い外套、細身の手袋。

 その手には、見慣れぬ小瓶がいくつか握られている。


 カウンターに腰を下ろし、

 彼は静かに言った。


 「……喉に効く酒をくれ」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「ペニシリン——煙る処方の一杯だ」


 シェイカーにスコッチウイスキー、ハチミツ、生姜、レモンジュースを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたロックグラスに注ぎ、

 最後にアイラ・スコッチの燻香を軽くまとわせる。


 琥珀色の液体が、

 “薬草の処方”のように静かに光る。


 「どうぞ」


 闇医者はグラスを持ち上げ、

 くるくると回す。


 「……“薬”のような酒だな」


 そして、一口。


 「……っふ」


 スコッチの力強いコク、

 ハチミツのまろやかさ、

 レモンの酸味、

 生姜のスパイシーな余韻。


 最後に鼻を抜けるスモーキーな燻香が、

 まるで”処置室の残り香”のように漂う。


 「……なるほど。“喉に効く”とは、こういうことか」


 俺は静かにグラスを拭きながら言う。


 「お前さんは”患者”か? それとも”処方する側”か?」


 闇医者は薄く笑い、グラスを揺らす。


 「……どちらでもあり、どちらでもないさ」


 最後の一口を飲み干し、

 小瓶のひとつをカウンターに置く。


 「これは”支払い”だ。……効くかどうかは、お前次第だがな」


 俺はその小瓶を手に取り、静かに頷いた。


 「また来るか?」


 彼は微笑み、

 扉へと向かいながら答えた。


 「……“必要になったら”な」


 扉が開く。


 彼の背中が闇に溶ける頃には、

 すでに彼の”気配”すら消えていた。


 ——今夜もまた、一人の”影の治療者”に煙る処方を届けた。

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