〜戦場帰りの傭兵とマンハッタン〜
扉が開いた。
乾いた風が店内に流れ込む。
そこに混じるのは、鉄と硝煙の匂い。
カウンターに腰を下ろしたのは、一人の傭兵。
肩には擦り切れた外套、
腰のホルスターには、まだ乾ききらぬ血の跡。
無言で腰を下ろし、
低く短く呟く。
「……静かに酔える酒をくれ」
俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。
「マンハッタン——“赤き灯”を映す一杯だ」
ミキシンググラスにライ・ウイスキー、スイートベルモット、アンゴスチュラビターズを注ぐ。
バースプーンで静かにステアし、冷えたグラスに注ぐ。
仕上げに、カクテルチェリーをひと粒。
琥珀と赤が混ざり合い、
まるで“燃え尽きた戦場に残る最後の灯”のように揺れる。
「どうぞ」
傭兵はグラスを持ち上げ、じっと見つめる。
「……赤いな」
そして、一口。
「……っは」
ライ・ウイスキーのスパイシーなキレ、
ベルモットの甘くほろ苦い余韻、
そこにビターズの香りが静かに重なる。
「……なるほど、“硝煙の後”の味だな」
俺は静かにグラスを拭きながら言う。
「戦場はどうだった?」
傭兵はグラスの中の赤を揺らし、
静かに笑った。
「……“勝ち”はしたさ」
「“生き残った”、じゃなくてか?」
傭兵は苦笑し、
最後の一口を飲み干す。
「“勝った”とでも言わなきゃ、酒が不味くなる」
カクテルチェリーを指先で弄び、
ぽつりと呟く。
「……だがな、“味方の血”も赤かった」
グラスの底を見つめる彼の目に、
戦場の残り火が映っていた。
俺は静かに言う。
「なら、その”赤”を忘れないために飲めばいい」
傭兵は微かに笑い、
チェリーを口に運ぶ。
「……そうだな」
銀貨を置き、
ゆっくりと立ち上がる。
「また来るさ。“戦わなくても済む夜”が来るまではな」
「待ってるよ。その時は、“勝利の祝杯”を用意しておく」
扉が開く。
彼の背中は、
まだ“赤き戦場”に繋がっていた。
——今夜もまた、一人の”硝煙の旅人”に赤き灯を届けた。