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第43話「硝煙の夜に、赤き灯を」

〜戦場帰りの傭兵とマンハッタン〜


 扉が開いた。


 乾いた風が店内に流れ込む。

 そこに混じるのは、鉄と硝煙の匂い。


 カウンターに腰を下ろしたのは、一人の傭兵。

 肩には擦り切れた外套、

 腰のホルスターには、まだ乾ききらぬ血の跡。


 無言で腰を下ろし、

 低く短く呟く。


 「……静かに酔える酒をくれ」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「マンハッタン——“赤き灯”を映す一杯だ」


 ミキシンググラスにライ・ウイスキー、スイートベルモット、アンゴスチュラビターズを注ぐ。

 バースプーンで静かにステアし、冷えたグラスに注ぐ。


 仕上げに、カクテルチェリーをひと粒。


 琥珀と赤が混ざり合い、

 まるで“燃え尽きた戦場に残る最後の灯”のように揺れる。


 「どうぞ」


 傭兵はグラスを持ち上げ、じっと見つめる。


 「……赤いな」


 そして、一口。


 「……っは」


 ライ・ウイスキーのスパイシーなキレ、

 ベルモットの甘くほろ苦い余韻、

 そこにビターズの香りが静かに重なる。


 「……なるほど、“硝煙の後”の味だな」


 俺は静かにグラスを拭きながら言う。


 「戦場はどうだった?」


 傭兵はグラスの中の赤を揺らし、

 静かに笑った。


 「……“勝ち”はしたさ」


 「“生き残った”、じゃなくてか?」


 傭兵は苦笑し、

 最後の一口を飲み干す。


 「“勝った”とでも言わなきゃ、酒が不味くなる」


 カクテルチェリーを指先で弄び、

 ぽつりと呟く。


 「……だがな、“味方の血”も赤かった」


 グラスの底を見つめる彼の目に、

 戦場の残り火が映っていた。


 俺は静かに言う。


 「なら、その”赤”を忘れないために飲めばいい」


 傭兵は微かに笑い、

 チェリーを口に運ぶ。


 「……そうだな」


 銀貨を置き、

 ゆっくりと立ち上がる。


 「また来るさ。“戦わなくても済む夜”が来るまではな」


 「待ってるよ。その時は、“勝利の祝杯”を用意しておく」


 扉が開く。


 彼の背中は、

 まだ“赤き戦場”に繋がっていた。


 ——今夜もまた、一人の”硝煙の旅人”に赤き灯を届けた。

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