〜掃除屋とゴッドファーザー〜
扉が開いた。
だが、そこに”客が入ってきた”というよりも、
気づいたときには、すでに”そこにいた”という感覚だった。
黒いロングコート、指先まで隠れる手袋。
目立たぬ装いに、無駄のない動き。
——“痕跡を残さない男”。
彼は静かに腰を下ろし、
低く短く呟いた。
「……甘くて、重いのをくれ」
俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。
「ゴッドファーザー——沈黙を貫く者の一杯だ」
ロックグラスに大きな氷を落とし、
スコッチウイスキーとアマレットを注ぐ。
バースプーンでゆっくりとステアすると、
琥珀色の液体が滑らかに混ざる。
「どうぞ」
掃除屋はグラスを手に取り、
無言のまま一口。
「……っふ」
スコッチの重厚なスモーキーさ、
アマレットの甘くほろ苦いアーモンドの香り。
まるで”冷酷さと優雅さの共存”のような味わい。
グラスを揺らしながら、
彼はぼそりと呟く。
「……“後始末”は、誰も見ちゃいけねぇ」
俺は静かにグラスを拭きながら言う。
「それでも、お前は”見てる”んだろう?」
掃除屋は微かに笑い、
グラスの中の琥珀を見つめる。
「……“見た”ところで、“何も残らない”さ」
最後の一口を飲み干し、
グラスを置く。
「いい酒だった」
彼は懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、
カウンターにそっと置く。
「……“支払い”だ」
俺はそれを手に取り、開く。
——“誰も見ていない。”——
掃除屋は立ち上がり、
静かに、何の音も立てずに店を出る。
扉が開いたのか、開かなかったのか。
気づけば、そこにはもう”何も残っていなかった”。
——今夜もまた、一人の”影の仕事人”に静寂の一杯を届けた。