〜魔道具職人とスモーキー・メアリー〜
扉が開いた。
微かに鉄と油の香りが、店内に流れ込む。
それに混じって、ほんのりと香草の気配もした。
カウンターに座ったのは、一人の魔道具職人。
煤けたコート、ベルトに下がる小瓶とスパナ。
指先は黒く汚れているが、所作はどこまでも繊細だ。
彼は、わずかに微笑みながら言った。
「……“複雑な層を持つ酒”があれば、頼みたい」
俺はその言葉に頷き、棚からボトルを取り出す。
「スモーキー・メアリー——煙の奥に知恵が宿る一杯だ」
シェイカーにスモーキースコッチ、トマトジュース、レモンジュース、黒胡椒、チリソース、ウスターソースを加え、
そこにひとつまみのパプリカパウダー。
氷を加え、しっかりとシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
冷えたグラスに注がれたその液体は、
どこか“錬金の儀式”のような色をしていた。
「どうぞ」
魔道具職人は、興味深そうにグラスを眺める。
「……面白い。“見ただけじゃ、構造が読めない”味だな」
そして、一口。
「……っふ、これは……多層構造だ」
スモーキースコッチの燻香、
トマトの旨みと酸味、
スパイスの刺激、
そして後から追いかけてくるチリとパプリカの熱。
まるで仕掛けが解き明かされるように、順に開いていく味。
彼は微かに笑い、グラスを揺らす。
「……俺が作る魔道具も、こうありたいものだな。
一目で理解されず、使うほどに”奥行き”が分かる」
俺は静かにグラスを拭きながら言った。
「“仕掛け”は表じゃなく、裏にこそ魂が宿る」
魔道具職人は頷いた。
「……同感だ」
最後の一口を飲み干し、
懐から歯車の形をした真鍮のメダルを取り出す。
「これは、俺の”作品の中核部品”の予備だ。……飾り物じゃないぞ」
「預かっておく」
彼は静かに立ち上がり、
グローブを片手ではめながら言う。
「また来るよ。“新しい機構”が完成した時にな」
「その時は、さらに複雑な一杯を用意しよう」
扉が開く。
彼の背中は、どこか煙と火花の混じる工房へと帰っていった。
——今夜もまた、一人の”仕掛けの職人”に煙る知恵を届けた。