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第55話「仕掛けに込める魂に、煙る知恵を」

〜魔道具職人とスモーキー・メアリー〜


 扉が開いた。


 微かに鉄と油の香りが、店内に流れ込む。

 それに混じって、ほんのりと香草の気配もした。


 カウンターに座ったのは、一人の魔道具職人。

 煤けたコート、ベルトに下がる小瓶とスパナ。

 指先は黒く汚れているが、所作はどこまでも繊細だ。


 彼は、わずかに微笑みながら言った。


 「……“複雑な層を持つ酒”があれば、頼みたい」


 俺はその言葉に頷き、棚からボトルを取り出す。


 「スモーキー・メアリー——煙の奥に知恵が宿る一杯だ」


 シェイカーにスモーキースコッチ、トマトジュース、レモンジュース、黒胡椒、チリソース、ウスターソースを加え、

 そこにひとつまみのパプリカパウダー。


 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注がれたその液体は、

 どこか“錬金の儀式”のような色をしていた。


 「どうぞ」


 魔道具職人は、興味深そうにグラスを眺める。


 「……面白い。“見ただけじゃ、構造が読めない”味だな」


 そして、一口。


 「……っふ、これは……多層構造だ」


 スモーキースコッチの燻香、

 トマトの旨みと酸味、

 スパイスの刺激、

 そして後から追いかけてくるチリとパプリカの熱。


 まるで仕掛けが解き明かされるように、順に開いていく味。


 彼は微かに笑い、グラスを揺らす。


 「……俺が作る魔道具も、こうありたいものだな。

  一目で理解されず、使うほどに”奥行き”が分かる」


 俺は静かにグラスを拭きながら言った。


 「“仕掛け”は表じゃなく、裏にこそ魂が宿る」


 魔道具職人は頷いた。


 「……同感だ」


 最後の一口を飲み干し、

 懐から歯車の形をした真鍮のメダルを取り出す。


 「これは、俺の”作品の中核部品”の予備だ。……飾り物じゃないぞ」


 「預かっておく」


 彼は静かに立ち上がり、

 グローブを片手ではめながら言う。


 「また来るよ。“新しい機構”が完成した時にな」


 「その時は、さらに複雑な一杯を用意しよう」


 扉が開く。


 彼の背中は、どこか煙と火花の混じる工房へと帰っていった。


 ——今夜もまた、一人の”仕掛けの職人”に煙る知恵を届けた。

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