〜吟遊詩人とビトウィーン・ザ・シーツ〜
扉が開いた。
続いて入ってきたのは、ひとつのメロディーだった。
それは口笛か、あるいは鼻歌か。
けれど、それだけで空気がほんの少し軽くなる。
カウンターに腰を下ろしたのは、一人の吟遊詩人。
肩から下げたリュート、
マントの裾には旅の埃。
だが、その瞳には”物語を編む者”の輝きがあった。
彼はにっこりと笑い、こう言った。
「マスター、“恋の味がする酒”をお願いしたい」
俺はその言葉に頷き、棚からボトルを取り出す。
「ビトウィーン・ザ・シーツ——甘く、そして危うい一杯だ」
シェイカーにブランデー、ホワイトラム、コアントロー、レモンジュースを注ぐ。
氷を加え、軽やかにシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
冷えたカクテルグラスに注げば、
淡い金色の液体が、まるで黄昏時の恋のように揺れる。
「どうぞ」
吟遊詩人はグラスを掲げ、
まるで劇場の幕が上がるような仕草で微笑む。
「……さぁ、恋の幕開けだ」
そして、一口。
「……ん、これは……まさに”始まりと終わりが交差する味”だな」
ブランデーの甘く重厚なコク、
ホワイトラムの柔らかさ、
コアントローの華やかな香り、
そしてレモンのキュッとした酸味が、
まるで恋文の最後に書かれた”追伸”のように切ない。
「これは、“一夜の恋”を謳う酒だね」
俺はグラスを拭きながら言う。
「それを美しく語るのがお前の仕事だろう?」
吟遊詩人は軽くリュートを弾き、
静かにひとつ、短い旋律を奏でた。
「……恋はいつだって”儚いからこそ、美しい”んだ」
「じゃあ、また同じ恋を繰り返すのか?」
彼は微笑みながら、グラスの最後の一滴を口に含む。
「もちろんさ。それが”物語”というものだ」
懐から羽根ペンの飾りが付いた小さな羊皮紙を取り出し、カウンターに置いた。
「この物語、君の棚にも加えておいてくれ」
「確かに」
吟遊詩人は立ち上がり、リュートを背に回す。
「また来るよ。次は”誰かの心が傷ついた夜”にでも」
「その時は”癒しのバラード”になるような一杯を出すさ」
扉が開く。
風が吹き込み、彼の旋律だけが最後まで残っていた。
——今夜もまた、一人の”語り部”に、甘く切ない一杯を届けた。