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1-5 決意

 月が雲間から顔を出し、庭園を静かに照らしていた。ルミナは部屋の窓辺に座り込み、ゆっくりと深呼吸をした。婚約破棄を受けた日から数週間が経ったが、彼女の心にはまだあの屈辱が鮮明に残っている。けれども、アレックスとの再会、エリオットからの手紙、そして婚約破棄の背後に潜む真相を知ることで、彼女の中に新たな感情が芽生えつつあった。それは怒りでも悲しみでもない。――「決意」だった。


「もう泣いてばかりではいられない。」

ルミナは小さくつぶやいた。


王妃の座を失ったことよりも、彼女が許せないのは、自分がただの「駒」として扱われたことだ。ルークや偽りの聖女、そしてそれに従う王宮の人々。彼らの策略の中で、ルミナ自身の存在価値が否定されたのだ。今度こそ、自分自身を証明し、尊厳を取り戻さなければならない。



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翌朝、ルミナは家族と顔を合わせるために朝食の席に向かった。広いダイニングルームには父母、そして弟のユリウスがすでに席についていた。使用人たちが静かに食事を準備する中、ルミナは一礼して席につく。


「おはようございます。」

彼女の声はいつも通りだったが、その内面には大きな変化があった。父であるヴェリーナ侯爵がちらりと彼女を見たが、すぐに視線を外した。


「ルミナ、お前には失望した。」

侯爵はため息交じりに言葉を放つ。


それでも、今日は違った。ルミナは落ち込むどころか、堂々と彼に向き直った。

「お父様、私は私の力でこの状況を変えてみせます。」


その言葉に、侯爵の眉がわずかに動いた。

「変える?どうやってだ?」


「それは、これから私が証明してみせます。」

ルミナは視線を逸らさず、まっすぐに父を見据えた。その目には、これまでのような迷いや怯えはない。彼女の決意が本物であることを、父も感じ取ったのかもしれない。


母は冷ややかな表情を浮かべたままだったが、弟のユリウスは鼻で笑った。

「姉上が何をしようとしているのか知りませんが、無駄な努力に終わるでしょうね。」


ルミナは弟の嘲笑に取り合わなかった。ただ、自分の目指す道を心の中で再確認するだけだった。



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朝食を終えた後、ルミナは自室に戻り、計画を練り始めた。これから彼女がすべきことは明確だった。まず、婚約破棄の裏にある真実をさらに突き止め、それを世間に示すこと。次に、自分がただの「失敗作」ではないことを証明するため、自らの力で新たな道を切り開くこと。


そのために、彼女はアレックスに協力を仰ぐ手紙を書いた。彼は既に彼女に協力を申し出てくれているが、今度こそ彼の力を借りつつ、自分自身でも行動を起こす準備を整える必要があった。


手紙を書き終えると、彼女はそれを使用人に託した。そして、自分の部屋に戻り、衣装ダンスを開けた。華やかなドレスがずらりと並ぶ中、彼女は慎ましやかな黒いドレスを手に取った。それは、彼女が目立たず行動するために選んだものだった。


「私は、誰かに依存して生きるだけの人間ではない。」

鏡の前で自分を見つめながら、彼女は静かに言い聞かせた。



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その日の夕方、アレックスからの返信が届いた。手紙には簡潔だが力強い言葉が記されていた。

「すべて君の味方だ。何でも力になる。次の一歩を一緒に考えよう。」


その言葉に、ルミナは胸が熱くなるのを感じた。彼の支えを得たことで、彼女の決意はさらに強まった。彼女は手紙を机に置き、深呼吸をした。これから待ち受ける困難に備えるために、心を整えなければならない。


ルミナは立ち上がり、庭に出た。夕暮れの中、冷たい風が彼女の髪を揺らす。大きな庭園の中を一歩一歩進むたびに、彼女の中で何かが変わっていくのを感じた。弱々しく泣き崩れていた自分はもういない。代わりに、未来を切り開く強さを持つ新しい自分がいる。


空を見上げると、すでに星が輝き始めていた。その光は、まるで彼女を導くかのようだった。


「私は負けない。そして、私の尊厳を取り戻す。」


小さく呟いたその言葉は、冷たい風の中に消えていったが、その響きは彼女自身の心に深く刻み込まれていた。



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