婚約破棄の知らせが広がるのに、それほど時間はかからなかった。貴族社会は常にスキャンダルに敏感であり、王族に関わる話題は特に格好の餌だった。ルミナが社交界に顔を出すたび、彼女に向けられる視線は冷たく、または好奇の入り混じったものだった。微笑みながら話しかけてくる者がいても、それは彼女を励ますためではなく、ただ状況を探るための薄っぺらい興味によるものだった。
ルミナは、父母からの指示で出席を余儀なくされた晩餐会に出かけた。その晩餐会は、侯爵家の立場を維持するため、彼女の名誉回復のためと謳われていたが、実際には彼女をただ「そこに置いておく」ことで批判をかわそうとするだけのものであった。
広々とした会場には、華やかなドレスに身を包んだ貴族たちが集まり、煌びやかなシャンデリアが場を照らしていた。しかし、ルミナが登場すると、微かに空気が変わるのを感じた。まるで彼女の存在が暗い影を落とすかのように、会話の音量が一瞬下がり、その後、不自然なほど明るい声が響き渡る。
「あら、ルミナ様。ご機嫌よう。」
ある侯爵夫人が近づいてきた。顔には愛想笑いを浮かべているが、その目は冷たい。
「最近はお見かけしないと思っていたけれど……まあ、大変でしたわね。」
その声には、同情というよりも皮肉が込められていた。ルミナは微笑みを保ちながら応じた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、おかげさまで元気にしております。」
その返答に、夫人は少し驚いたような顔をした。おそらく、ルミナがもっと傷ついている様子を期待していたのだろう。だが、彼女はそれ以上何も言わずに立ち去った。
別の貴族が近づいてきた。今度は若い伯爵夫人で、かつてルミナと友好関係にあった人物だった。
「ルミナ様、本当にお気の毒ですわ。」
彼女は本気で同情しているように見えたが、その声にはどこか距離感があった。
「……けれど、きっと時間が解決してくれるはずですわ。」
ルミナはその言葉に感謝を述べたが、胸の奥では違和感を覚えた。貴族社会の中では、彼女の状況を本気で心配してくれる者はほとんどいない。それが現実だった。
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晩餐会を終えて屋敷に戻ると、ルミナは深いため息をついた。ドレスを脱ぎ、鏡の前で自分を見つめる。そこには疲れ切った顔が映っていた。
「これ以上、この世界に縛られる必要があるのかしら……。」
婚約破棄からの冷遇は、彼女の心を徐々に蝕んでいた。かつては当たり前だった社交界での会話や笑い声が、今では空虚なものに感じられる。
その夜、ルミナは久しぶりにアレックスに手紙を書いた。彼に自分の状況を話すことで、少しでも心を軽くしたかったのだ。
「私がいくら微笑みを浮かべていても、人々の目は私を見下しているように感じます。でも、アレックス、私はこのままでいいとは思いません。何か変えなければ。」
そう書き終えた時、彼女の胸に小さな炎が灯った。それはこれまでの屈辱や孤独を糧にした、新たな意志だった。
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数日後、アレックスからの返事が届いた。手紙には簡潔だが力強い言葉が記されていた。
「君が貴族社会の中で苦しむ必要はない。君が望むなら、僕は君を支える。それでも、君自身が立ち上がる道を選ぶなら、全力で応援する。」
その言葉を読んだルミナは、胸が熱くなるのを感じた。彼の言葉は、彼女が行動を起こすための支えとなるものだった。
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再び社交界に顔を出したルミナは、周囲の冷たい視線にも以前ほど動じなくなっていた。かつてはそれらの視線に胸を締め付けられる思いだったが、今は心の中にある決意が彼女を支えていた。
彼女はゆっくりと周囲を見渡した。この世界がかつて彼女にとってすべてだったことを思い出す。だが、今ではそれがいかに脆いものかを理解していた。彼女にとって必要なのは、他人の評価ではなく、自分自身を守る力だ。
「私はもう、この人たちの操り人形ではない。」
心の中でそう呟いたルミナは、微笑みを浮かべながらも、これまでとは違う自分を感じていた。