ルミナが商業地区での生活を始めて数週間が経った。これまで貴族として与えられる生活を当然としていた彼女にとって、全てが新鮮で挑戦の連続だった。朝早く市場に行き、商人たちの活気あふれるやり取りを見学し、自分の中に眠る「何かを成し遂げたい」という情熱を少しずつ育てていった。
とはいえ、現実は簡単ではなかった。事業を始めるためには資金が必要であり、ルミナにはそれを確保するための具体的な手段がまだなかった。カティアが紹介してくれた商人たちの助言を受けながらも、まだ彼女自身が独立して動き出すには時間がかかりそうだった。
そんな中、幼馴染であるアレックスからの手紙が届いた。
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「ルミナへ。
君が新しい生活を始めたと聞いて、本当に嬉しく思っている。君の成長を見守ることができるのは、僕にとって何よりも幸せだ。
さて、僕には少し提案がある。君が何かを始めるために必要なもの――資金や人脈――それらを僕が支えることはできないだろうか。もちろん、君が自分自身で全てを成し遂げたいと思っていることは理解している。それでも、少しでも力になれるなら、僕はそれを誇りに思うだろう。
考えてみてほしい。答えを待っている。
――アレックス」
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その手紙を読んだルミナは、思わず深くため息をついた。アレックスの申し出は彼女にとってとてもありがたいものだったが、同時に戸惑いも感じていた。彼の支援を受け入れることで、自分の「独り立ち」という決意が揺らぐのではないか――そんな不安が彼女の胸をよぎった。
その夜、ルミナはカティアに相談することにした。ワインを注ぎながら、彼女は手紙の内容をカティアに伝えた。
「アレックスの支援を受けるべきか、それとも自分だけの力で頑張るべきか……。正直、迷っているの。」
カティアは少し考え込んだ後、微笑みながら言った。
「ルミナ、助けを借りることは決して恥ずかしいことじゃないわ。それに、あなたが何をしたいのかによって、どんな支援を受けるべきかも変わると思う。」
彼女はグラスを揺らしながら続けた。
「ただ、自分のために動いてくれる人がいるなら、その気持ちを無駄にしないようにすることも大切よ。」
その言葉に、ルミナは少し心が軽くなった。アレックスの支援を無条件に受け入れるわけではなく、自分の目標を達成するためにどう利用するかを考える――それが重要なのだと気づいたのだ。
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翌日、ルミナはアレックスに返事を書くことにした。彼の申し出に感謝を伝えながらも、こう書き添えた。
「アレックス、あなたの申し出は本当に心から感謝しています。でも、私は自分自身の力でまず一歩を踏み出してみたいと思っています。それがどんなに小さな一歩であっても、私にとっては重要な意味を持つの。
ただ、どうしても助けが必要な時には、迷わず頼らせてください。私はあなたの存在がどれだけ心強いかを知っているから。」
その手紙を送った後、ルミナは自分の決意に少しだけ誇りを感じていた。アレックスの支援をすぐに受け入れるのではなく、自分の足で歩み始める――その選択が彼女にとっての「自立」を証明する第一歩だった。
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数日後、アレックスからの返事が届いた。その内容は、彼女の決意を尊重し、心から応援するというものだった。
「ルミナ、君が選んだ道を僕は全力で応援する。君の決意が本物であることを手紙から感じたよ。そして、いつか君が僕の助けを必要とするときには、僕はどんな状況でも力になる。それが君にとって必要な支えであるならば、僕は喜んでその役割を果たす。」
その手紙を読んだルミナは、思わず笑みを浮かべた。アレックスが自分の選択を尊重し、見守ってくれるという事実が、彼女の心をさらに強くした。
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その後、ルミナは事業の準備を本格的に進め始めた。彼女が目をつけたのは、貴族女性向けの小さなサロン事業だった。貴族社会からは距離を置いているものの、彼女の教養やセンスを生かすことで、上流階級の女性たちが楽しめる空間を提供できるのではないかと考えたのだ。
カティアからの助言を受けつつ、必要な物品を集め、初期費用を計算し、どのように顧客を集めるかを検討した。これまで社交界で培ってきた人脈を活用することで、最初の一歩を踏み出す準備が整いつつあった。
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ルミナは、新しい未来への第一歩を着実に進めていた。アレックスの支援をすぐに受け入れるのではなく、自分の力で努力するという選択をした彼女は、少しずつ自信を取り戻していた。そして、彼の言葉が心の支えとなり、いつか大きな壁にぶつかったときに頼る存在がいるという安心感を得ていた。
「私はこの道を選んだ。それを後悔することはない。」
そう心に誓いながら、ルミナは自らの未来を切り開くための努力を続けていくのだった。
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