「あ、いいえ違うんです、実は写真を撮るために盛り付けたもので……」
「シャシンって、以前見せてもらったあの絵のこと?」
「はい。これなんですけど……」
スマホを開いて撮影した写真を見せると、彼はふわりと笑った。
「すごい、とてもきれいだね。――はは、コタローとマルだ。かわいいね」
「ふふ、この子たちも撮影して発信しようと思って」
「あかりは多彩だね。とても素敵なシャシンだよ」
「そんなこと……」
「本当に。あなたの優しさがシャシンから滲み出てるよ」
(うわ、褒め上手……!)
さらりとそんなことを言われて、顔に熱が集まってくる。
恥ずかしい。いい写真なんだとしたら、それはきっとスマホの性能のおかげなんだけれど。
「ありがとうございます……」
けれど、楽しんでやったことを誰かに褒められるのは、素直に嬉しい。
にやつく頬を押さえながら、スマホの写真を眺めるイサイアスさんへカウンターに置かれたままのお皿を示す。
「あのよかったら、召し上がってください」
私の言葉に、彼は目を丸くした。
「え? いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「私、イサイアスさんに食べてもらいたいなって思ってたんです」
「私に?」
「はい。きっと、中のソースとチョコレートを気に入るんじゃないかと思って」
「それは、とても魅力的な提案だけど」
彼はそう言って、悩ましげに眉根を寄せた。なぜか真剣な表情に、ぷっと吹き出してしまう。
「ふふ、遠慮しないで。ぜひ感想を聞かせてください」
「そう、かな。それじゃあ、二人で食べよう」
「え?」
彼は自分の隣の席の椅子をスッと引いて、私を見た。
「ここへ座って」
さあ、と笑顔で隣の席へ座るよう言われて、また顔が熱くなる。そんな私を見て、彼はいたずらっ子のように首を傾げた。
「一緒なら罪悪感が減るからね」
「罪悪感ですか?」
遅い時間の甘いものは、確かに罪悪感があるけれど。
「私はあかりから、もらってばかりだ。よくしてもらったのになにも返せていない、そんな罪悪感だよ」
「そんなことありません」
イサイアスさんを助けたことの、お返しがしてほしいわけではない。
怪我をしていた彼をなんとかしなくちゃと思ったし、戸惑ったけれど、あの夜は私にとって特別で、楽しくて、夢のようだったのだから。
「イサイアスさんに魔法を見せてもらって、私、それだけですごく得をした気分です」
「魔法が?」
「はい。とてもきれいで……すごく素敵な経験をしたなって。もし、イサイアスさんがお返しをしたいと思ってくれているなら、私に魔法を見せてくれたことが、なによりも特別なお返しです」
きらきら輝く細かな光の粒、宙に浮く美しい花や小鳥たち。ふわふわと舞って、掌に止まった小鳥から伝わるぬくもり。すべてが夢のようで、夢ではなかった。
「――そうか」
イサイアスさんは私の言葉に優しく目を細めた。
「あかりがそう思ってくれるなら嬉しい」
ふふ、と柔らかく笑う彼の表情に、胸の奥がほっと温かいものに包まれる感覚がした。
(なんだろう。すごく、心が落ち着く人だな)
穏やかで人当たりがいい、と言葉にするのは簡単だけれど、それ以上に感じるものがあった。上手く表現できないけれど、初めから感じていたことかもしれない。
(だから、また会いたいと思ったのかな)
あの不思議で特別な夜を経験したあともずっと、頭の片隅で彼にまた会いたいと思っていた。
この、優しくて包み込むような感覚に、触れたいと思ったのだ。
「でも、やっぱりここに来て座って、あかり。この時間に甘いものを食べる私の罪悪感も減らす手伝いがしてほしいな」
そう言って肩を竦める彼に、ぷっと小さく吹き出す。
「ふふ、イサイアスさんも甘いものを食べる時間は気になる?」
「なるよ! 子どものころなら絶対にこんな時間に食べるなんて許されなかったね」
「確かに! 寝る前の甘いものなんて、背徳的」
自分の分も珈琲を注いで、彼の隣の席に腰掛ける。小さな取り皿を二枚用意して、「では」とナイフで切り分けた。
「すごくきれいなケーキだ」
目の前に置かれたケーキの断面を見て、彼は感心したように呟く。
「この赤いのはジャム?」
「はい。アプリコットジャムが入っています」
「なるほど……、では」
そう言って、小さなフォークでケーキを口に運ぶ。一口食べてすぐ、彼は目を瞑った。
「――なんておいしいんだ!」
「あは、よかった!」
彼の幸せそうな顔を見て、私も自然と笑顔になる。
誰かがこうして、私の作ったものを食べて笑う姿を見るのが、昔から好きだった。
『――ああ、おいしい。あかりは本当にお料理が上手ね』
そう言って笑った、祖母の姿が脳裏に蘇る。
「あかりは天才かな。いや、天才だね」
「あはは、大げさですって! 私が考えたものではないんですから。ザッハトルテっていう名前のケーキなんです」
「レシピがあるからと誰でも作れるわけではないだろう? 本当に素晴らしいよ」
「ありがとうございます、そんなに褒められて、なんだか恥ずかしいな」
二人で笑い合いながら更けていく夜。
こんなふうに心が温かくなる夜も、私にとっては特別で素敵なお返しになると知った日だった。