「ただいま~」
すべての買い出しを終えて帰宅したのは、とっくにお昼を過ぎた時間だった。
お店の扉を開けると、扉の前で待ち構えていた小太郎が、尻尾を千切れんばかりに振って飛び掛かってきた。
「わ、ただいま小太郎! こら、じゃれないで!」
「ただいま、コタロー。主人を待っていたのか。賢い子だね」
イサイアスさんは両手いっぱいに荷物を抱えながら、足元にじゃれつく小太郎に笑顔を向ける。
小太郎は褒められていることが分かっているのか、ますます嬉しそうにイサイアスさんにじゃれついた。
「イサイアスさん、荷物はそっちのテーブル席に置いちゃってください」
「分かった」
結構な量の荷物を軽々と抱えた彼は、テーブルへ下ろして、すぐにまた車へ戻った。小太郎がそんな彼の後をついて回る。
「ただいま、マル。お気に入りのおやつも買ってきたよ」
いつもの席で寝ているマルの頭を撫でれば、ふわりとしっぽを揺らして応えた。
運び込むのはイサイアスさんに任せて、私は荷物をカウンター奥のパントリーへしまっていく。
ほとんど片付け終えて、ふと一向に戻ってこないイサイアスさんに気が付く。少しだけ心配になって、つい名前を呼んだ。
「――イサイアスさん?」
(まさか、帰ってしまった?)
ずっと気を付けていたのに、店から外へ出た途端、帰ってしまったかもしれない。
慌てて扉を開けて外を確認すると、前庭の向こうの道路からこちらを見て立っているイサイアスさんが見えた。
その表情は真剣で、どこか硬い。
「イサイアスさん?」
もう一度名前を呼べば、彼は私の姿を見て、ふっと緩むように笑顔になった。足元の小太郎に声を掛けて、こちらへ歩いてくる。
「あの、どうかしました?」
「いや、せっかく明るい時間だから、店の全体を見てみたいと思ったんだ。ごめんね、すぐに荷物を運ぶよ」
「あ、いいえ、いいんです、ゆっくりで。ただ、またいつの間にか帰っちゃったのかと思って」
「そうか、いつも私のタイミングではないからね。心配してくれた?」
その言葉に、かぁっと顔が熱くなる。
それではまるで、私が心細く感じているみたいだ。
「だ、だってホラ、お弁当買ったじゃないですか。私一人では食べ切れないですもん」
「そうか、お弁当! 早く荷物を運びこんで食べよう」
イサイアスさんは楽しそうに笑って、駆け足で車へ戻る。その後ろを小太郎が嬉しそうについていった。
(恥ずかしい……。そうだよ、いつ帰ったっておかしくないのに)
それでも、またいつの間にか消えるよりは、「また来てくださいね」って言葉を交わしてお別れしたい。
なんとなく、そう思った。
*
荷物を運び終えて、イサイアスさんお待ちかねのお弁当タイム。
帰ってから作っていては遅くなるからと、途中で購入したものだ。
彼はまた、支払いについてだいぶ渋っていたけれど、持ち合わせがない上に通貨も違うのだ。考えても仕方ないから、ここは私に大人しく奢られてください、と説き伏せた。
「いい匂いだ!」
まだ温かいお弁当のふたを開けて、イサイアスさんは嬉しそうに破顔した。
彼が選んだお弁当は、から揚げ弁当。それじゃ足りないだろうと、私も食べたいからと理由を付けて、マルゲリータピザも追加した。
ちなみに、私が選んだグリーンカレーを見た彼は、その色に若干引いていた。
「せっかくですから、これも食べてみませんか?」
「それは本当に苦くない? 私の世界にある薬と似たような色をしているんだよ」
「苦くないですよ! ちょっと辛いですけど、おいしいんです」
ほら、とふたを開けて見せると、彼はその香りに小首をかしげた。
「――本当だ。薬のようだけれど、いい匂いだ」
「スパイスは薬のような効果もありますからね。でもこれは、食欲をそそる香りでしょう?」
「うん」
素直に頷く彼に、小さなお皿にカレーを取り分けて渡す。彼はもう一度確認するように香りを嗅いで、スプーンでカレーを食べた。
「――おいしい」
見た目と味の違いについていけないのか、目を丸くしたイサイアスさんは、またひと口食べて「おいしい」と、小さく呟いた。
「よかった! 辛くないですか?」
「少し刺激はあるけど、気にならないよ。この刺激がおいしい。チキンと野菜が入ってるんだね」
「レタルでもカレーはよく仕込むんですよ。今度、イサイアスさんも食べてみてくださいね」
「あかりの作ったものなら、これよりももっとおいしいだろうね」
「そうやってハードル上げないで!」
あはは、と笑いながら、きれいにカレーを食べたイサイアスさんは、今度はから揚げを口に運ぶ。
そして案の定、目を丸くした。
「おいしい!」
「だと思いました!」
今度、から揚げも作ってあげよう。
幸せそうに食べるイサイアスさんを見て、こんな表情が見られるなら、たくさん作ってあげたい、そう思った。