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1−2 密命大使としての役割

 リアナ・エステル・アルヴィスは、王国内で「無能な第三王女」として冷遇されていた。しかし、実際には彼女は父王から密命を受けた密命大使であり、王国の外交において欠かせない存在だった。彼女の「無能」という評価は単なる偽装であり、王国を守るために必要な仮面だった。



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ある日、リアナは宮廷内の目立たない一室で、密命に基づく報告書をまとめていた。その報告書には、周辺国の動向や、同盟国と敵対国との間で進む裏交渉の内容が詳細に記されていた。情報はリアナが築き上げた独自の情報網からもたらされたものだ。


「セシリア、この報告書を父上に届けて。」

彼女は信頼する侍女セシリアに指示を出す。セシリアは軽く頭を下げ、迅速に部屋を出て行った。リアナはその背中を見送りながら、ふと深い溜息をついた。


「どうしてこんなにも危険な任務を引き受けたのかしら……。」

リアナは自分に問いかける。だが、すぐに答えは出ていた。王国の未来のため。父王に信頼され、影で王国を支えることができるのは、自分しかいない。そう信じているからだ。



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その夜、リアナは同盟国の宰相ルーファスからの密使を迎えるため、宮廷の隠された通路を抜けていった。密使は慎重にリアナに文書を手渡し、低く一礼する。


「リアナ殿下、これはエドワード王太子からの直筆の手紙です。」

リアナは手紙を受け取り、表情を変えずにその内容に目を通した。


「なるほど、和平交渉の進展に加えて、さらなる要求……。」

手紙には、エドワード王太子がリアナを妃として迎えたいという要望が記されていた。しかし、それは単なる結婚の申し込みではなかった。同盟国がリアナを自国に取り込むことで、王国との外交の主導権を握ろうとする意図が明確だった。


「エドワード様、あなたも甘く見ているのね。」

リアナは微かに笑いながら手紙を折りたたむ。同盟国との関係は重要だが、彼女自身がその道具になるつもりはなかった。


密使が去った後、リアナは手紙を慎重に火の中に投げ入れた。その燃え上がる炎を見つめながら、彼女の心は静かに決意を固めていく。



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翌日、リアナは父王との秘密会合に臨んだ。会合は宮廷内でも知られていない隠し部屋で行われ、父王の信任を得ている者しか入ることが許されない場所だった。


「リアナ、報告を聞こう。」

病に伏している父王は椅子に座りながら、彼女に語りかけた。その目には深い信頼が宿っている。


「同盟国は和平交渉の条件として、私を妃として迎えたいと申し出ています。しかし、彼らの意図は明白です。私を通じて王国を支配下に置こうとしているのです。」

リアナの言葉に父王は重々しく頷いた。


「リアナを失うわけにはいかない。他の周辺国との関係が崩れる恐れがあるからな。しかし、彼らの顔を立てる方法も考えねばならない……。」

父王は低く唸りながら考え込む。リアナはその様子を見つめつつ、父王の疲れた顔に心を痛めた。


「ご心配には及びません、父上。同盟国との関係は私が調整します。ただし、そのためにはもう少し自由に動ける権限をいただければ。」

リアナの提案に、父王はしばしの間沈黙した。そして、やがて深く頷く。


「よかろう。リアナ、お前に任せる。」

その言葉に、リアナは静かに微笑みを浮かべた。彼女が密命大使として動ける環境が整ったのだ。



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リアナはさっそく行動を開始した。まずは同盟国の宰相ルーファスに対して、和平交渉を進めるための新たな条件を提示する内容の密書を送った。その中には、同盟国に有利となる貿易条件の見直しを含めた提案が含まれていた。


「リアナ様、この条件を提示することで、彼らの不満を和らげるつもりですか?」

侍女のセシリアが尋ねると、リアナは頷く。


「ええ。彼らは私を妃として迎えることで得られる利益を考えていましたが、私はそれを交渉材料として利用します。この条件で彼らの欲を満たせば、結婚の話は自然に立ち消えになるでしょう。」

リアナの策は、同盟国の利益を損なわず、王国の安定を保つための巧妙なものだった。



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数日後、同盟国からの返答が届いた。そこには、リアナの提案を受け入れる旨が記されており、和平交渉は順調に進むことが確認された。


リアナはその知らせを受け取ると、胸の奥で静かに安堵した。しかし、彼女の顔には決して油断の色は浮かばない。外交の世界では、成功の裏に常に新たな試練が潜んでいることを彼女は知っていた。


「これで一つ目の問題は解決しました。しかし、姉たちが黙っているとは思えませんね。」

リアナはそうつぶやきながら、次の動きを見据えた。彼女の影の戦いはまだ終わらない。むしろ、これからが本番だった。


影として生きるリアナの役割――それは、表向きの無能な王女という仮面の裏で、王国の未来を守り続けることだった。



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