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第2話

頭部をフッ飛ばされるって、どんな気分なんだろうな?スッキリするんだろうか?肩凝りとか治ったりして?

……んな訳ねぇよなぁ。だって普通、頭部に物理的なサヨナラを告げられたら、その瞬間に思考回路もショートするもんだ。

経験者なんて、この世には存在しねぇんだから。


そぅ……。



「何するんじゃコラッッ!!」



俺は反射的に、全細胞で怒りを表現しながら叫んだ。

気が付けば、俺はまるで何事もなかったかのようにピンと立っていた。

恐る恐る頭に触れる。うん。ちゃんと付いてるし、傷一つない。あのド派手な死に様は何だったんだ?

服にも血糊一つ付いてない……まさか、ここが天国で、俺はさっそく天国で幻覚を見てる?


俺が一人で勝手に混乱していると、俺の頭部を吹き飛ばした張本人──あの可愛らしい顔した幼児が、チッと舌打ちをする光景が。



「チッ……コイツおじい様の力を分けられてるのか。これじゃ始末できない……でちゅ」



──始末だと?

今、この幼女は、何の躊躇いもなく、そして「でちゅ」という取って付けたような可愛い語尾を付けて、俺を「始末」しようとしたのか?



「……ち、ち、ちょいとエルセアちゃん?さっきの物騒な発言と、今の状況について、もう少し、こう、お兄さんに分かりやすく説明して欲しいんだけどなぁ?」



俺は、顔に貼り付けた引き攣りまくりの営業スマイルを維持しながら、精一杯の丁寧さを装って幼児……いや、目の前の得体の知れない存在に向けて問いかけた。

何がどうなって、俺様の頭部が吹き飛んで、なぜか無傷で元に戻ったのか?そして、あの「殺すでちゅ」発言は何だったのか?そこんとこ、詳しく頼むよ、なぁ?


俺の問いかけに、目の前のド外道幼女は、ハッと鼻で笑い……いや、嘲笑とでも言うべき薄ら笑いを浮かべた。

その表情は、とてもじゃないが、あの世間一般で『可愛い』とされる幼児が浮かべるものじゃない。

まるで、前世で何人も見てきた、人の皮を被った悪魔どもが、獲物を前に浮かべるような、冷酷で歪んだ笑みだ。

俺はこの表情を知ってるぞ。なにせ毎日、鏡の前で見てた表情にそっくりだからね。



「説明もクソもないでちゅ。この私を監視しようだなんて、身の程知らずもいいところでちゅね」



このクソガキ、何を寝ぼけたこと言ってやがる? 監視? さっきのジジイは、俺のことを『孫の補佐として遣わす』ってハッキリ言っていた筈だ。

話が違うぞ……? 勝手に役割を変えられてたのか、それともジジイが嘘をついたのか?一体どうなっているんだ?

俺が思わず首を傾げていると、目の前のド外道幼女は「はぁ……」と、心底呆れ返ったため息を吐いた。



「分からないならいいでちゅ。まぁ見るからに察しが悪そうな顔してるかりゃ、教えるだけ無駄でちゅね」

「お前喧嘩売ってんのか?」



俺は貼り付けていた仮面を完全に剥がし、低い声で、目の前の小さな悪魔を睨みつけた。

俺の察しが悪いだと?ふざけるのも大概にしろ。自慢じゃないが、この俺様は、相手の目つき、顔色、呼吸の間、指先の僅かな震え、果ては微細なオーラの色合いまで読み取って、相手の思考を9割9分把握できる稀代の詐欺師……いや、善良なる聖人なんだぞ?

そんな俺に向かって『察しが悪い』だと?

馬鹿にするのも大概にしろ!


俺はエルセアに一歩詰め寄った。距離を詰めれば相手はひるむ……と思ったが、このクソガキにそんな常識は通用しないだろう。



「おいコラ、ド外道幼児。テメェ、さっきまでジジイの前では猫被ってだんまり決め込んでたくせに、いなくなった途端、ここぞとばかりにベラベラ生意気に喋りやがってよぉ?」



俺は言葉の勢いを止めない。



「あと、その気持ち悪い取って付けたような『でちゅ』は今すぐやめろ。聞いてて鳥肌立つんだよ。本性出しやがったなら、せめて言葉遣いだけはマシにしろ、このクソガキが」



俺の遠慮のない罵倒を聞いて、エルセアは、パチパチと何度か瞬きをした。

俺が急に豹変したことが理解できない、と言わんばかりに。だが次の瞬間には、ギロリ、と凄まじい殺気を込めた眼差しで俺を睨みつけてきた。



「お前こそ、おじい様がいなくなった途端に饒舌になったでちゅね。それがお前の本性でちゅか?なんて狡猾な奴なんでちゅか」

「───あぁ?」



俺は思わず素っ頓卿な声を出してしまった。こいつ、今なんつった……?

狡猾だと? この俺様が? 馬鹿な。何を根拠にそんな出鱈目を。

俺がそんなことを思っていると、いつの間にか、エルセアはその小さな手に、これまたサイズ不相応な……とにかく、古びた装丁の小さな本のようなものを、何もない空間からポン、と出現させていた。

何だありゃ? 新しいオモチャか?

エルセアは、その本をマジマジと見つめながら、口を開いた。



「この本にはお前の生前の経歴が書かれているでちゅ」



相変わらずの語尾にムカつくが、その内容に俺はゾッとした。


──俺の、生前の、経歴?

──全てが書かれている?



「これを見れば、お前がどんな人間だったか丸わかり……でちゅ」



まるわかり、だと?そんな馬鹿な。この俺の、神にすら尻尾を掴ませない完璧なる過去が、こんな薄っぺらい本に?しかも、このクソガキに?

そんなプライバシーの侵害も甚だしい代物が存在してもいいのか!?この俺の、長年の努力の結晶である『清廉潔白な経歴』が、こんなガキごときに丸裸にされるなんて、そんなことあっていいはずがない!



「……うわっ」



そして、エルセアが本の内容を読み始めた途端、引き攣ったような声を出した。

──は? なんつった今?うわっ? なんなんだよその『うわっ』は。



「うわぁ……これは酷い……」



声のトーンまで変わってやがる。心底、嫌悪しているのが伝わってくる。そして、俺に向かって向けられた言葉は……。



「アンタ本当に人間? 悪魔かなんかじゃないの?」



人の皮を被った悪魔みたいな顔で笑ってたクソガキが、この俺様に向かって悪魔呼ばわりだと……?

こっちの生前の行いをちょっと見ただけでドン引きしやがって。



「おい、待て、やめろ!その本を隠せ!見るな!俺の輝かしい来歴を、それ以上閲覧するんじゃない!」



俺は必死に叫んだ。このド外道幼児に、俺の完璧な経歴……いや、輝かしい善行の数々を見られるなんて、捕ま……じゃなくて、恥ずかしくて死んでしまう!

しかし、エルセアは俺様の正当な主張に耳を貸すつもりがないらしい。

ちぎれんばかりに食いつく俺の手を、まるでウザい虫でも払うかのように無視し、そのド外道書を読み進めるのをやめない。



「えーっ……他の人間を騙し、誑かし、甘言で惑わす……と。ふむふむ。親や友人ですら欺いて、自分の利益のために利用する……ほう。そして恩を仇で返す……なるほどなるほど」



やめろ!やめろやめろやめろ!読むな!見るな!その本を燃やせ!今すぐ燃やせ!

今すぐにでも奪い取って破り捨てたいが、さっきの頭部フッ飛ばし攻撃を思い出すと、迂闊に手が出せない。

俺が必死に叫んで止めようとするが、クソガキは聞く耳を持たない。それどころか、更に酷い部分を見つけたらしい。



「特に酷いのがこれか……友人を悪事に誘い、挙句の果てにはトカゲの尻尾切り……うわー、これ最低」

「──は? もしかして、あのことか? おいおい、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ」



俺は思わず、素に戻って否定した。最低?ふざけんな。あれのどこが最低だ。

俺の輝かしい経歴の中でも、あれは比較的マシな部類に入るだろうが。



「俺はアイツを誘ったんじゃねぇ。ただ、背中を押してやっただけさ。ちょいと儲け話があるぜ、乗るか?って、親切心から道を指し示してやっただけだ。新しい一歩を踏み出す勇気を、与えてやったんだよ」



肩を竦め、いかにも困ったという顔をする。


──事実はこうだ。


友人に、俺が仕組んだデカいヤマに一枚噛ませてやろうと声をかけたんだ。つまり、美味しい話を持って行ってやったってことだ。

なのにアイツときたら、この期に及んで『悪事には加担したくない』だの『それは人として間違っている』だのと言いやがる。

馬鹿か?清廉潔白を気取ってるのか?そんな青臭いこと言われて、俺が『あ、そう』と引き下がるとでも思ったか。

んで、信用ならねぇからキリのいいところで……おっと、言い過ぎたね。



「だから、仕方なく、俺はアイツの背中をグイッと押してやったんだ。それはもう、赤子を触るように、優しく、ソッとな? こう、そっと、ね?」



ジェスチャーを交えながら説明する。完璧な言い訳だろ?



「そしたらアイツ、運悪く、勝手に躓いて転んで、勝手に捕まったんだよ。あれは事故だろ? 俺は何もしてねぇ。アイツが勝手に転んだだけだ。人生の選択ってやつによ……」



別におかしなことは言ってないよな? 俺はただ、親切心から道を教え、本人の意思……いわば、稼ぎたいという潜在的な欲求を尊重した。

その結果、不幸にも彼は勝手に躓いて転び、勝手に捕まった。あれは完全なる事故だったんだ。不幸な事故なんだ。悪いのは全部、あの場でビビって勝手に転んだアイツなんだ。

俺は何も悪くない。彼の人生のターニングポイントを作ってやっただけさ。



「くぅ……!考えてみれば、あの時、俺様がもう少し親切に……いや、もう少し突き放していれば、アイツはマッポに捕まらなかったかもしれない!でも仕方がないだろう!?俺はこうして清廉潔白な『善良』であろうとしているのに、アイツは勝手に悪事……いや、俺様の計画に泥を塗るような『悪人』なんだもんな……? 善良な人間が悪人を救うなんて、世界はそんな都合のいい話ばかりじゃないんだよ」



全く、この世はままならねぇぜ。助けてやりたいと思っても、相手が勝手に悪人ムーヴしやがるせいで、救いたくても救えねぇ。



「……と、まぁそんな訳で」



俺は、もうこれ以上この無益な議論を続けても、清廉潔白たる俺の品格が損なわれるだけだと判断し、一方的に話を切り上げた。



「俺は正真正銘、生粋の善良な人間なんだぁ。あの薄汚い本に書かれてたのは、全部誤植か、俺を陥れようとする悪意ある第三者の陰謀だな。間違いない」



俺の完璧な自己弁護を聞いたエルセアは、相変わらず……いや、前にも増してゴミを見るような目で俺を見ていた。もはや軽蔑というより、存在自体が許せない、といった感じだ。

そして、エルセアは俺に向かって、確信に満ちた、これ以上ないほど冷たい声音で言い放った。



「……お前がゴミみたいなクソ野郎ということは、よく分かった」



エルセアがパチンっ、と小さな指を鳴らすと、あの本は、最初から存在しなかったかのように、跡形もなく空間に溶けるように消えた。

よし、これで俺の輝かしい経歴の全てを知る者は、この宇宙からいなくなったな。完璧だ。



「それよりさっさと仕事を始めるわよ」



俺が悪態をつき、エルセアが罵声を浴びせる……という終わらない泥仕合を一方的に断ち切るように、エルセアは再びパチン、と指を鳴らした。

するとどうだ。さっきまで何もなかった白い空間に、ドォン、と音を立てて、やけにデカい白いテーブルと、それに合わせたサイズの椅子が二脚、出現したではないか。

そしてテーブルの上には、広げられた真っ白い紙のようなものが一枚。



「えーっと、その紙は、一体全体なんなんですかねぇ? もしかして、幼児用の落書き帳とか?」



俺の質問に、エルセアは、にやり、と口角を上げた。

それは、先ほどの悪魔のような笑みとはまた違う。もっと悪質で、全てを見通しているような、ゾッとするほど底が見えない笑顔だった。



「これは、『世界創造地図』……。ここに、世界を創っていくの。私の崇高なる世界をね」



エルセアは、当然のことのようにそう言い放った。完全に悪役みたいな表情で。

しかし……俺は、彼女のその笑顔から、どうにも目を逸らすことができなかった。


──何故だろう。その、全てを見透かすような、底知れぬ悪意と愉悦を湛えた、完成されすぎた笑顔を、俺は……遠い昔から、知っているような気がして──。



「……」



俺は、立ち尽くすのも馬鹿馬鹿しくなり、フゥ、と小さく息を吐いて、用意されたもう一脚の椅子に無言で腰を下ろした。

エルセアの、ゴミを見るような視線を受けながら、テーブルを挟んで向かい合う形になる。


よし、準備完了。逃げられそうにないし、やるしかないってことか。



「ところで女神様。おひとつ、よろしいでしょうか」



俺の言葉に、エルセアが、目を細めて、わずかに首を傾げる。


そして、俺は口を開いた。


言うべきことは、一つしかない──。











「──語尾に『でちゅ』、付け忘れてますよ。折角のキャラ付けが壊れちゃいましたねぇ」




お互いの本性を知った上で、これから始まる二人の、歪んだ、だがもしかしたら最高のパートナーシップの始まりを告げる、宣戦布告の言葉。



──これは、見た目は可愛いが中身はド外道な女神と、見た目も胡散臭くて、中身はド腐れな元詐欺師(自称聖人)が、時に罵り合い、時に協力しながら、世界を創造していく物語である──


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