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第3話

白い、ひたすらに白い、何もかもを飲み込むかのような謎の空間。そのど真ん中に鎮座する白いテーブルを挟んで、俺とド外道幼児……もといエルセアは向かい合っていた。

可愛らしい顔に似合わない、その碧い瞳には、いつでもこの俺様の息の根を止めてやるとでも言わんばかりの、ドス黒い殺気が漲っている。



「お前と話していると、マジで疲れまちゅね」



そして、続けて釘を刺すように、明確な殺意を込めた声で言い放つ。



「いいでちゅか? この『でちゅ』は、お前が考えているような、ふざけたキャラ付けとか、そういうくだらない理由じゃ断じてない……でちゅ。もう一度その話題を出したら、今度こそ魂ごと消滅させてやる……でちゅ。──二度と蘇れないように、殺すぞ」



……ほうほう、なるほど? 触れられたくない話題ってやつか。なるほどねぇ。

これは貴重な情報だ。このド外道幼児が、唯一、地雷として設定しているワード……。

よし、決めた。これから世界創造という名の共同作業を進めるにあたり、ちょいちょいこの『でちゅ』ネタを引き合いに出してやろう。

このクソガキが嫌がる顔を想像しただけで飯が三杯いけるな。やれやれ、本当に俺って性格が良いなぁ。困っている相手の、嫌がる顔を見て元気になれるなんて、きっと菩薩か何かの生まれ変わりなんだろう。



「まぁ、もういいでちゅ。お前みたいなクソ野郎の過去なんて、どうでもよくなったでちゅ」



エルセアはそう言って、完全に俺への興味を失ったかのように話を切り上げた。



「それより、さっさと世界創造の仕事を始めるでちゅよ!」



そう言って、白いテーブル越しに、ビシッ!と俺の方を指差した。その仕草には、容赦のない神としての命令が込められている。



「仕事……? ああ、そういやそんな話だったな」



俺はわざとらしく首を傾げてみせた。



「でも世界を創るなんて、流石に俺も経験がねぇんだよなぁ。前世では人様を騙すプロ……あぁいや違う、人を正しい方向に導くメンターのプロだったが、さすがに惑星単位の創造は専門外でして。えーっと、じゃあ、具体的に何をどうすればいいんだ? 右も左も分からない素人なんで、優しく教えてくれるかな、エルセア先生?」



俺の演技が癇に障ったのか、エルセアはフンっ!と鼻を鳴らした。

そして、呆れたような、いや、心底馬鹿にしているような目で俺を見て、吐き捨てるように言った。



「お前その歳になるまで、一体何をやって生きてたんでちゅか?」



余計なお世話だ。俺様は効率的に富を築いていただだけだ。



「その歳まで、まともなスキルの一つも身につけてないって、逆にある意味、才能あるでちゅよ」



我慢だ。我慢だ、俺。 ブチ切れて、目の前のド外道幼児を粉々にしてやりたい衝動が、文字通り全身を駆け巡る。

だが、ここで手を出すのは下策中の下策だ。挑発に乗ったら俺の負けだ。


そう、俺は大人だから。


この、心に深い傷を負った可哀想な幼児の挑発にも、耐えて見せられる、慈悲深い大人だからな。



「まぁいいでちゅ。お前みたいなポンコツに反応しても時間の無駄でちゅ」



エルセアはそう言って、ゴミを見るような目から、一転して『仕方ないから教えてやるか』という上から目線に切り替えた。

そして、先ほどから地味に気になっている一人称『ワタチ』を使いながら、テーブルの上の紙を指差した。



「ワタチが教えてやるから、さっさと頭を切り替えて準備するでちゅ」



なんだその『ワタチ』って。いきなり一人称変えるなよ。しかも『さっさと準備しろ』って、こっちは何も持ってきてないし、何をどう準備すればいいんだよ。

まあ、神様のお孫様だし、俺みたいな下界の凡人に分かるはずもないか。

言われた通り、物理的な準備ではなく、精神的な準備でもするフリをしておこう。



「お前とワタチがいるこの空間は神域。神が創った魂の住処でちゅ」



神域、ねぇ。上も下もねぇ、真っ白で何もねぇ空間が。もっとこう、雲の上で天使がハープを奏でてたり、虹色の宮殿があったりするイメージだったんだが。

随分と殺風景な神様のお家だな。趣味が悪いのか、それとも物欲がないのか。

神様も案外質素なのかもしれない。俺と一緒で。



「そして、この紙は『世界創生地図』でちゅ」



エルセアは、テーブルの上に置かれている、ただの白い紙切れをビシッと指差しながら胸を張った。

しかし『世界創生地図』か。どう見てもただの白い紙切れなんだが。

エルセアはそんな俺の疑問を知る由もなく、自信満々な様子でそっくり返っている。



「この地図には、これからワタチが創る異世界の概念図が刻まれるんでちゅ」



そう言って、エルセアは白い紙切れ……改め『世界創生地図』に、小さな手をふわり、と翳した。

するとどうだ。俺とエルセアの間にある、ただの白い紙が、じわり、と淡い光を帯び始めたではないか。



「おお、なんか始まったぞ……」



いよいよ世界創造っぽい雰囲気になってきたか。いかにもファンタジーな展開だ。光は徐々に強くなり、ゆっくりと、紙の上に何かが浮かび上がってくる。

それは、深い青い海が波打っているかのような、それでいて形を持たない、不思議で幻想的な景色だった。

なんというか、地味だと思って悪かった。これは予想外の特殊効果だ。なるほど、これが概念図、とやらなのか。



「ふぅ……取り合えず、ひな形は完成したでちゅ」



エルセアは小さな溜め息をつき、地図から手を離した。概念図とやらが浮かび上がっただけで、何が変わったのか正直よく分からんが、まあ第一段階は終了らしい。



「お、完成か!次はいよいよ派手に大地でも創るか?それとも巨大な山脈か? ワクワクすんなぁ!」



俺は前のめりになって言った。

だが、俺の期待に満ちた問いかけに対し、エルセアはまるで出来の悪い幼子を相手にするかのように、チッチッ、と指を振って見せた。そして、俺を馬鹿にしきった目で言い放つ。

このクソガキが。てめぇの方が物理的に幼子だろうが。ムカつく振る舞いしやがって。



「のんのん……」



エルセアは勝ち誇ったように首を振る。



「大地なんて後でちゅ。まずは、ワタチとお前はこれからこの地図に『世界の名前』を与えるでちゅ」



名前……ねぇ。それが最初の仕事か。てっきり、神の力とかいうのでドカン!と何か創り出すのかと思ったんだが。



「意外と地味な始まりだな。まあ、ネーミングは嫌いじゃないぜ」



俺が呟くように言うと、エルセアはフンっ!と鼻を鳴らした。相変わらず気に入らねぇ仕草だ。

そして、俺を値踏みするように見てから、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。



「まぁ、どうせお前みたいなポンコツは、ロクなネーミングセンスも持ち合わせてないだろうから」



……は? なんだと? この俺様がネーミングセンス皆無だと? ふざけるな!

俺様は前世で、数々の巧妙な詐欺……じゃなくて、善行計画に、それはもう耳障りの良い、警戒心を抱かせない、それでいて獲物を逃がさない絶妙な名前を付けてきた男だぞ。



「ワタチが直々に、最高の名前を考えてやるでちゅよ」



こいつ……俺を小馬鹿にするのも大概にしろ。てめぇに俺様の才能の何が分かるんだ?

いい度胸じゃねぇか、このクソガキが。面白い。その自信、どこまで通用するか見てやろうじゃねぇか。

俺は椅子に深く腰掛け直し、腕を組んで、エルセアを挑発するように言った。



「へぇ? ネーミングセンス最高のエルセア様が直々に、ねぇ。そりゃ楽しみだ。……聞かせてもらおうじゃねぇか。その、宇宙一素晴らしいネーミングセンスとやらで考えた、世界の名前をよ」



俺の言葉を聞いて、エルセアは「あは!」と、まるで褒められたかのように偉そうに胸を張った。

そして、自信満々な様子で口を開き、誇らしげに宣言する。



「聞きなちゃい!これが、これからワタチが創る、輝かしき新世界の名前でちゅ!」



そして、ドヤ顔で言い放った、その名前とは──



「『エルセア・ワールド・スーパーファンタジックランド』。これが、ワタチが考えた世界の名前でちゅ!どうでちゅか! 最高のセンスでちゅよね!」



…………。


ピキッ!っと。


俺の額から、確かにそんな音がした気がした。

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