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第4話

「今、この俺様の耳が幻聴を聞いたのかと思ったんだが……念の為聞かせろ。テメェ、なんて言いやがった?」



俺が、もはや怒気すら通り越して呆れ果てた声で問うと、エルセアはそれが褒め言葉だとでも思ったのか、一段と得意げに胸を張って宣った。



「だから!ワタチが、一瞬で……いや、何千年も考えた最高の名前!『エルセア・ワールド・スーパーファンタジックランド』でちゅ!」



そして、さらに胸を張る。



「この名前には、『究極の』とか『最高の』とか、ありとあらゆるポジティブで素晴らしい意味が込められてるでちゅ!どうでちゅか? 素晴らしいでちゅ?もう感動で震えが止まらないよね?」



俺は思わず、目の前にある白いテーブルに額を打ち付けそうになり、寸でで耐えて頭を抱えた。


──こいつ……正真正銘のバカだな。


重度のネーミングセンス欠乏症だ。いや、確かに凄いセンスだ。

このド外道幼児に、まともな世界創造ができるのか?根本的な部分で破綻している気がする。こんなセンスの塊みたいな名前に、これから創る世界の命運を任せるなんて、冗談じゃない。



「そうか。最高だ」



俺は、まるで感極まったかのように声を震わせ、天を仰いだ。



「最高すぎて……あぁ、ダメだ。涙が止まらねぇ。目から汗が、ボロボロと……っく!素晴らしい名前だ、エルセアさま。俺には逆立ちしたって思いつかねぇよ」



俺の完璧な演技を見て、エルセアはますますご満悦だ。



「でちゅよねぇ?やっぱりワタチはネーミングセンスもあるんでちゅ。お前のクソダサい感性と違って、ね?」



そう言って、クスクスと、心底楽しそうに笑った。


俺は、心底楽しそうに笑うエルセアを、氷点下100度の冷めた目で見た。こいつ、完全に調子に乗ってやがるな。

いいだろう、その喧嘩、買ってやる。ネーミングセンスで勝負だ、少なくともテメェみたいなクソダサセンスに負けることはありえない。

ていうか、こんなゴミみたいな名前の世界、嫌だ。


俺は再びニヤリ、と笑ってみせた。今度は先ほどのような営業スマイルではなく、完全に獲物を狙う詐欺師の笑みだ。



「ところでさぁ。まあ、一応……念の為にさぁ。俺のネーミングも聞いておいた方がいいんじゃないか?」



俺は挑発するように言葉を続けた。



「そりゃ勿論、慈愛に満ち溢れた、気高くも美しいエルセア様のネーミングの足元には、ド腐れ天使たる俺のセンスなんて、一生かかっても及ばねぇだろうがな……」



露骨な皮肉と、過剰な持ち上げ。

これぞ詐欺師のテクニックだ。これで相手の警戒心を解きつつ、聞く耳を持たせる。そして、さらに畳み掛ける。



「……それに、下々の矮小で薄汚い言葉にも耳を傾けるのが、真に偉大な神様のお仕事ってモンだろ?」



俺の言葉を聞いて、エルセアは一瞬、訝しげな顔をした。俺が何か企んでいることくらいは察したらしい。

だが、すぐに「どうせコイツにまともな名前なんて考えられるはずがない」とでも思ったのだろう。鼻で笑うように、余裕ぶった笑みを取り戻した。



「ふんっ、そこまで聞いてくれと懇願するなら、まあ、聞いてやってもいいでちゅ」



エルセアはそう言って、顎をしゃくって俺に促した。



「まぁどうせ、お前のクソダサいセンスで考えた名前なんて、聞くまでもなくゴミ以下の何かだろうけどな。でちゅ」

「ありがてぇありがてぇ、女神さまが俺如きの言葉を聞いてくれるだなんて……。んで、名前だが……」



俺は自信満々に言い放ち、考える素振りもなく、脳内で一瞬で捻り出した名前を口にした。



「──『エルノヴァ』なんて、どうだ?」

「エルノヴァ……? 」



エルセアは眉をひそめて聞き返した。



「簡単だろ?」



俺は肩を竦める。



「新しい始まりを意味する『ノヴァ』と、ド外道幼児……じゃなくて、最高の女神様であるお前の名前『エルセア』を、愛と希望を込めて組み合わせた、響きも意味も最高にクールな名前だ」



俺の説明を聞いたエルセアは、一瞬、言葉を失ったように、アホみたいに口をぽかんと開けていた。

まさか俺が、こんなまとも……いや、ちょっと捻りの効いた名前を出すとは思ってもみなかったのだろう。今までの俺の言動からしたら、そりゃ予想外だよな。

『うんこ星』とか『騙された方が悪い弱肉強食ランド』みたいな名前が出てくると思ってたか?

残念。俺は清廉潔白な聖人なので、そんな下品でしょうもない名前は付けないんだ。


呆然としていたエルセアだったが、すぐにハッとして、動揺を隠すようにコホン、と咳払いをした。幼児の咳払い、妙に腹立つな。

そして、最大限の不機嫌さと、歯の根が合わないような声で言い放った。



「ま、まぁ?悪くない……ような気がしないでもなくもないでちゅ。別に素晴らしいとは言ってないでちゅよ?あくまで、『悪くないような気がしないでもなくもない』程度でちゅ」

「だろ?」



俺は勝ち誇った顔で頷いた。

エルセアは、悔しさのあまり、まるで小さな獣のようにフンフンと鼻息を荒げ、悔しそうに歯噛みしている。

くそぅ、コイツのネーミングセンスに負けるなんて……! とでも思っているのだろう。

ふふふ。やったぜ。俺様の完全勝利だ。ざまぁみろ、ド外道幼児め! 俺の才能にひれ伏すがいい!


……まあ……ぶっちゃけ。


『エルセア・ワールド・スーパーファンタジックランド』なんていう、宇宙創生史上最低のクソダサネーミングより下は存在しないから、何を言っても勝てたんだけどな。

エルノヴァなんて、普通に考えたらちょっと微妙な名前かもしれないが、あのゴミみてぇな名前と比較すれば、天と地ほどの差がある。赤ん坊とゴリラくらい違う。



「……今は『仮』の名前として、エルノヴァという世界にしてやるでちゅ。あくまで、『仮』でちゅけど。ふんっ」



いいか、これから生まれてくるこの世界の未来の民よ。俺に感謝しろよ。

てめぇらが、『エルセア・ワールド・スーパーファンタジックランド』なんていう、恥ずかしくて隣の世界に顔向けできねぇような名前の世界に生まれ落ちなくて済んだのは、他ならぬ俺のおかげなんだからな。

生涯にわたって、この俺の偉大さを崇めるんだぞ? 世界の名前を救った英雄として、俺様の銅像くらい立ててもいいぞ。割とマジで。



「ただ、そのワタチの名前、『エルセア』を使っているからこそ、ほんの少しだけ、ほんっの少しだけセンス良く聞こえるってだけでちゅ。勘違いしないように! それを決して忘れないようにでちゅよ!」



……はいはい分かったよ。面倒くせぇクソガキめ。

どこまでも自分の手柄にしたいらしい。 面倒なので逆らわないに限る。俺は内心で悪態をつきながら、満面の営業スマイルで答えた。



「へいへい、仰せの通りでごぜぇやす。慈愛の女神エルセア様の、光り輝く御名がなければ、この名案は決して成り立ちません。全てはエルセア様のお力と美徳によるものです。貴女様こそ真の命名センスの権化でいらっしゃいます。このド腐れ天使、肝に銘じておきます」



俺の完璧なるゴマすりに、エルセアは「分かればいいでちゅよ」と、再び胸を張り、ご満悦な様子だった。

よし、どうやら『エルノヴァ』で決定らしい。



「じゃあ、早速『エルノヴァ』の世界を創造していくでちゅ」



エルセアはそう言うと、先ほどまで威張っていた態度から一転、真剣な顔になり、おもむろにテーブルの上の『世界創生地図』に、再び小さな手を翳した。

そして、まるで重いものを持ち上げるかのように、ムムム……と唸り始めた。赤ちゃんみたいな可愛い顔で唸るなよ。せっかくの神々しさが台無しだ。



「おぉ……!」



エルセアの手の下で、真っ白だった地図が再びぼんやりと光り始める。そして、先ほど浮かび上がった概念図が、今度は輪郭を持ち始め、次第にはっきりとした海のようなものを帯びてきた。

神域の白に、少しずつ色がついていくような、幻想的な光景だ。

地図がはっきりとした形を帯び、光が落ち着くと、エルセアは満足そうに頷いた。「これでよし」そして、こちらを見て、得意げに宣言した。



「さぁ! 偉大で、壮大なる世界創造の始まりでちゅ!」

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