「おぉ、やっとか!」
俺は声を弾ませた。長かった……!
変な踊りを踊らされ続け、エルセアに「キモい」と罵倒されるという、あまりにも無駄な時間を乗り越えて、ようやく、ようやく、楽しい生命創造タイムに突入した訳だ!
正直、俺があそこで無様な踊りを踊り狂う意味が、世界創造において一体どこにあったのかは、宇宙の真理よりも分からんが、まあいいだろう。
結果的に五億年待たずに済んだし、エルセアはやる気になったらしいし。
俺はウキウキと、テーブル越しにエルセアに話しかけた。
「さて、エルセアちゃん!早速、生命を創ろうじゃないか!」
そして、胸に秘めていた、主にファンタジー小説やゲームから得た壮大なアイデアをぶちまける。
「まずは、やっぱりドラゴンとか創ろうぜ!火吹いたり空飛んだり、規格外でカッコいいだろ!あとは……そうだなぁ、でっかい巨人とかもいいな!あぁ、ファンタジーな世界なら、エルフとかドワーフとか、ああいう知的な種族もセットで面白そうだ!最初から最強の奴らで固めるか!」
俺の、ファンタジー好きにはたまらない(はずの)提案を聞いて、エルセアは信じられないものを見るような顔になった。
その碧い瞳が、点、になるかと思った。そして、みるみるうちに顔を歪めていく。
「お前、アホでちゅか?」
エルセアは心底呆れたように言った。
「いきなりそんな、生態系も社会構造もバラバラで、お互い争って滅びかねない高等で強力な生物を、何の調整もなく、いきなりごちゃ混ぜにして創ったら、とんでもない世界になるに決まってるでちゅ! 混乱しか生まれないでちゅよ!」
そして、怒りと呆れがごちゃ混ぜになった表情で、テーブルに身体を乗り上げ、短い手を伸ばし、俺の肩をポカポカ、ポカポカと殴り始めた。
痛くはないが、地味にムカつく!やめろ!聖人の肩を叩くな!
「ちょっとは、天使としての責任感を持って、未来を考えて発言するでちゅ!バカ!アホ!無能!まともな想像力がなさすぎるでちゅ!」
「いやだって!」
俺も負けじと反論する。
「ファンタジー世界って言ったら、そういうドラゴンとか巨人とかエルフとかドワーフとか、色んな種族がわちゃわちゃしてるのがセットみたいなもんだろ? 俺の知ってるファンタジー小説はみんなそうだぞ!」
俺の、ある意味正論……ただしフィクション世界限定な反論を聞いて、エルセアは、完全に『コイツマジか? 何を言ってるんだこいつは?』という、理解不能なものを見るような目で、俺をじっと見つめた。
「そもそも……いつワタチが、ファンタジーな世界にするだなんて言いまちたか?」
「えっ……」
そして、さらに衝撃的な爆弾を落とす。
「ワタチが創るエルノヴァは、お前が元いた、あの面白くもなんともない世界をベースにして、それをちょっとだけ発展させた世界にするつもりでちゅ」
「え? マジかよ!?」
俺は思わず叫んだ。あの、ブラック企業と詐欺と借金と、あとはパッとしない日常しかなかった、あの灰色で面白くもなんともない世界をベースにだと?
「そんなのつまんねぇからやめた方がいいって!!」
俺は全力で拒否した。何を考えてやがるんだこのド外道幼児は!
折角、ゼロから世界を創れるっていう、神様でもなかなかできない経験ができるっていうのに!
なんで、あの面白くもなんともない世界を再現しようとするんだ!? そんなの、全くもって意味が分からねぇ!
つーか、前の世界と同じような、つまらない日常と、理不尽な人間関係と、そして警……じゃなくて、なんか制服着た黒と白のパンダカラーリングの車に乗ってる奴らから逃げる日々しかないような世界なんて、絶対つまんねぇって!
俺は二度とそんな世界で生きたくねぇぞ!世界を創る側になったんだから、せめて自分が面白いと思える世界を創らせろ!
なんとか……なんとか、このド外道幼児を言いくるめて、予定を変更させないと……!
このままじゃ、俺の理想のファンタジー世界が生まれない! 世界が、面白くないままだ!
(絶対にファンタジー世界にしてやる……!)
俺は、面白くない世界だけは絶対に阻止するという、固い決意を込めて、目の前のド外道幼児……エルセアを、まっすぐ見据えるのであった。そして、宣戦布告にも似た口調で言い放つ。
「あのな、エルセア。テメェが創ろうとしてる世界が、いかに面白くなくて退屈で、そして俺様の理想のファンタジー世界が如何に素晴らしいかを、今からこの俺様が懇切丁寧に、身をもって、骨の髄まで説明してやる」
俺の、尋常じゃない熱量……面白い世界への執念が込められた言葉を聞いて、エルセアは怪訝そうに眉をひそめた。
「はぁ?」とでも言いたげな顔だが、幸いにも、俺の言葉を遮ろうとはしなかった。これは、俺の話を聞く気はあるという証拠だ。
(いいぞ…… どんな表情を浮かべようとも、話を遮らずに聞く耳を持った。これは、俺の話に少なくとも1%、いやひょっとしたら10%くらいは興味があるという紛れもない証拠だ。隙を見せたな、馬鹿め。聞く耳さえ持たせれば、こっちのもんだ……)
俺はニヤリ、と自信満々に笑って、話を始める。説得の第一段階は、共通認識の構築だ。
「まず、基本中の基本だ。ファンタジー世界ってのはな、色んな種族のオンパレードなんだよ」
俺は指を一本立てて強調する。
「人間だけじゃねぇ。エルフ、ドワーフ、獣人、巨人、ゴブリン、オーク、スライム、アンデッド、悪魔、天使……ありとあらゆる、人間以外の種族が、わんさか出てくるんだ。これぞファンタジー世界の醍醐味、多様性ってやつだ」
俺の熱弁を聞いて、エルセアは「ふぅん」と唸った。
「別に人間だけの世界のファンタジー世界もありまちゅけど。わざわざワケ分からん種族をたくさん創る必要性を感じないでちゅ」
「いいや、違う!!」
俺はエルセアの言葉を真っ向から否定した。そんな生温いファンタジーは認められん!
神の力を使って、人間だけの世界を創るなんて、あまりにも勿体ない!
「そんなありきたりな世界じゃ、ダメだ!人間だけの世界なんて、俺が元いた、あの面白くもなんともない世界と大して変わらねぇだろうが!もっと刺激的で、多様性に満ち溢れた世界にするべきなんだ!いろんな奴らがいるから、衝突も生まれるし、助け合いも生まれる!ドラマだって深まるんだ!」
俺の、ほぼ一方的な主張を聞いて、エルセアは完全に理解不能なものを見るような表情を浮かべた。
俺が宇宙語でファンタジー論を語っているかのような顔だ。だが、俺は構わずに続ける。ここで勢いを止めちゃいけない。畳み掛けるんだ。
「人間は必要だ。それは間違いない。生命の基盤としては必要だろう。だが……それはあくまで、前提条件に過ぎないんだ。様々な個性を持った……そう! その他の種族たち、彼らがいるから、人間も輝くことができるんだ!」
俺が、前世の経験で培った力説を続けていると、エルセアが、心底うんざりした顔で俺の言葉を遮った。
「お前、話、長すぎでちゅね。端的に纏めろ。殺すぞ」
「あっ、はい」
殺すぞ、と言われては、逆らえるわけがない。俺はしゅん、と肩を落とした。危ない危ない。熱くなりすぎて、また命が消えかかるところだったぜ。
まったく、熱弁中に殺すとか、神様の感性はよく分からんな。
俺は気を取り直して、改めて言い直した。
「……とにかくだ。世界ってのは、人間だけじゃなく、色んな種族が、それぞれの価値観や文化を持って存在してこそ、様々な物語を紡ぐことが出来るんだ」
俺はエルセアをまっすぐ見つめる。
「それなのに、お前ときたら、面白くもなんともない人間だけしか創らないと来たもんだ。そんな世界、俺から言わせりゃ、つまらなさすぎて欠伸が出るね。ゴミだ。クズだ」
「お前……よくもまぁ、そんなにペラペラと、自分の価値観を押し付けてくるでちゅねぇ」
エルセアが呆れたような、だが少し興味も混じったような表情で言った。
(いいぞ、いいぞ!呆れてはいるが、完全に否定はしてない。俺のペースに乗ってきたな。こういうのは、一旦相手をこちらのリズムに乗せてしまえばこっちのもんだ。主導権を握れる。言葉巧みに相手を懐柔する……あ、いや、導くという点においては、まさしく俺様の独壇場だ。このまま『物語』という餌で釣ってやる!)
「だからこそ、色々な種族が必要なんだ」
俺は畳み掛ける。
「人間以外の色んな種族を創るんだ。そうすればな、ただの人間ドラマだけじゃなく、エルフの千年を生きる物語とか、ドワーフが地下で国を築く物語とか、ドラゴンが世界を見守る物語とか、人間だけでなく、他の種族にフォーカスした、より多様で壮大な物語も紡げるって訳だ」
エルセアは俺の言葉を聞きながら、顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。そして、小さく呟く。
「物語ねぇ……」
「そう、物語だ!」
俺はエルセアの呟きに力を込める。
「世界ってのには、歴史が必要だろ?文化が必要だろ?生き様が必要だろ?それを全部ひっくるめて、『物語』って言うんだよ!」
俺は世界創生地図を指差す。
「ただ海と陸地があるだけの空間なんて、世界とは言えねぇ。そこに生き物が生まれて、それぞれの人生を歩み、関わり合い、ぶつかり合い、助け合い……色んな種族が織りなす、壮大で、面白くて、波乱万丈な物語が生まれてこそ、それは『世界』と呼べるんだ!」
俺はエルセアをまっすぐ見つめた。
「だから、俺はファンタジー世界、それも色々な種族がいる世界を推す!それこそが物語を生み出す最高の環境なんだ!俺は、面白い物語が生まれる世界を創りたい!」
エルセアは「う~ん……」と、顎に指を当てて首を捻った。俺の熱量が、少しは伝わったか?
そして、俺の主張を咀嚼したエルセアは、さらに質問を投げかけてきた。
「ふぅん……物語ねぇ。それで? お前の言う、その素晴らしい物語とやらは、最初はどんな種族から始まるんでちゅか? まさか、最初から全部ごちゃ混ぜとか言わないでちゅよね」
「いいや、違うね。こういうのはな、いきなり沢山の種族を創るのは野暮ってもんだぜ。まずは、少数精鋭から始めるんだ」
「少数精鋭でちゅか」
エルセアは興味深そうに繰り返した。
「そうだ。そしてそれは、世界創造の時から意図的に存在せしめた、特別な種族……つまりは、後の時代の物語の基礎となる、原初の種族とか、そういうもんだな。彼らが最初の物語を紡ぐんだ」
「原初の種族……」
エルセアは何度か頷いた。どうやら、俺の『物語』を核とした世界創造論に、本格的に興味を持ち始めたらしい。
そして、その場でコテン、と行儀悪く胡座をかいた。これは完全に、続きを聞く体勢だ。そして、まるで『続きを話せ』と言わんばかりに、俺をまっすぐ見た。
(よしよし、いい調子だ! 食いついてきた! 『爺さんの失望』に加えて、『物語』という餌も効果があったらしい! このまま、俺の理想のファンタジー世界像を、一気に畳み掛けるぜ! 主導権は俺様が握った!)
俺は再び腕を組み、今度は少し落ち着いたトーンで、だが説得力を込めて語り始める。
「そして、その原初の種族に、まずフォーカスした物語を創るんだ。彼らの誕生、彼らの文明、彼らの栄光、彼らの衰退……。だが、永遠じゃない」
俺は未来を示すように指を動かす。
「次の時代には、別の種族が興って、前の種族とは全く違う視点から物語を紡いでくれる……。さらに次の時代には、また別の種族が……そうやって、時代の移り変わりと共に、主役となる種族や、生まれる物語を変えていくんだ。そうすれば、いつまでも世界に飽きが来ない、常に新鮮で、刺激的な、そして壮大なファンタジー世界を演出できるだろう?」
俺は胸を張って問いかける。
「どうだ、エルセア?この壮大かつ緻密な、飽きさせない世界創造プランは?いい案だろ?これぞ、神であるお前と、俺だからこそ可能な、史上最高の物語創造型世界創造だぜ?」
俺の渾身のプレゼンに対し、エルセアは、顎に手を当てたまま、しばらく黙っていた。そして、フン、と鼻を鳴らす。
「いい案かどうかは、このワタチが決めることでちゅ」
そう言って、エルセアは俺のプレゼンの評価を下す前に、最も重要な質問を投げかけた。
「で?お前が、その『少数精鋭』の『原初の種族』として、最初に創るべきだと考える、具体的な種族は、一体何なんでちゅか?」
俺は、この瞬間を待っていた。エルセアが、俺の理論に興味を持ち、具体的な提案を求めてくるこの瞬間を。
この質問を引き出すために、物語論やら時代区分論やら、もっともらしい理屈を並べたんだ。
俺はニヤリ、と、これ以上ないくらい不敵で、そして勝利を確信した笑みを浮かべて、エルセアに言う。
「さっきも言ったじゃないか。最初に作る種族は──」
溜める必要はない。だが、少しだけ間を置く。
最高の効果音と共に、その名を告げる。
「──ドラゴンだ!」