「──ドラゴンだ!」
俺は、世界に新たな真理を布告するかのように、腕を大きく広げ、高らかに宣言した。
この世で最もクールな幻想生物の名前を。
「やっぱ、ファンタジー世界って言ったら、ドラゴンだろ!?あれだよ、あれ!男の夢だ!男のロマンだ!空を舞い、炎を吐き、財宝を守り、強大な力を持つ、あの存在感!勇者なら一度は戦ってみたい相手、冒険者なら一度は目にしてみたい光景、それがドラゴンなんだ!」
俺の熱い主張を聞いて、エルセアはフン、と鼻を鳴らした。
相変わらず、人の価値観を理解しようとしない態度だ。
「単なる、巨大な爬虫類でちゅよ、アレ。あと、やたら燃費悪いでちゅ。エサの数も大変だし」
「分かってねぇなぁ!」
俺は前のめりになる。
「単なる爬虫類じゃない!見ろ、そのスペックを!火を吐いて、空を飛んで、尚且つ人間を凌駕するほどの高度な知性を持ち合わせているんだぞ!?そんなロマンの塊が、どうして単なる爬虫類なんだ!?エサ代とか燃費とか、そういう現実的な話は野暮だろ!」
俺は続ける。
「奴らがいるだけで、世界には圧倒的な脅威が生まれる!勇者が立ち上がる理由になる!隠された巣を探す冒険が生まれる!ファンタジー世界には、ああいう圧倒的な存在が、必要不可欠なんだよ!ドラゴンがいないファンタジーなんて、カレーに福神漬けがないようなもんだ!」
俺のさらなる力説を聞いて、エルセアは「ふ~ん?」と、顎に手を当てて首を傾げた。
完全に納得したわけではないだろうが、ただの爬虫類、という認識からは、少し揺らいだか?
まあ、ドラゴンの本当の凄さ、ファンタジー世界における奴らの存在感は、言葉で説明しても伝わりきらねぇだろうな。実際に見てもらうのが一番手っ取り早い。
「俺に任せろって!お前が『やだ、なにこれ……』とか、語彙力を失うほど驚愕するような、史上最高のドラゴンを創り上げてやるからよ!」
俺の自信満々な、そして若干大げさな宣言を聞いて、エルセアは「ホントでちゅかねぇ……」と、信じられないといった顔で呟いた。
どうせまた適当なこと言ってるんだろう、と思っているのだろう。さっきの「変な踊り」の件で、俺に対する信用度は地の底に落ちたままらしい。
あれは俺のせいじゃないけど。
やがて俺と議論を続けるのが面倒になったのか、あるいは少しだけ好奇心が湧いたのか、大きく息を「はぁ……」と吐くと、諦めたように言った。
「まぁいいでちゅ。まずは、お前の好きに、やらせてやるでちゅ。時間だけは無限にありまちゅからね」
そして、まるで念を押すように、小さく、だが有無を言わぬ響きで付け加えた。
「──それに別に、失敗したら……『リセット』すればいいだけの話だ」
リセット、という不穏な単語が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
気のせいじゃなくても、とりあえず聞こえてはいけない。そうだ、俺は何も聞こえなかった。うん。
「へへ、そうこなくっちゃな!」
ようし、やってやるぜ。
俺の、前世で培った卓越した想像力と、転生して天使になったことで得た創造センス、そして何より、世間の常識や神のガイドラインに囚われない自由な発想……。
そして脳味噌が凝り固まった、ガイドライン通りのことしかできない凡庸な神には決して分からない、規格外の創造センスというもの見せてやらぁ!
くくく……驚くぞぉ、エルセアの奴。俺様が創り出す、神話級のドラゴンを見たら。
きっと生意気な態度が吹っ飛んで、今までの生意気で冷たい態度を、感心と畏敬の念に一変させるに違いない……!
「それじゃ、お前の言う通り、まずはそのドラゴンとやらを創ってやるでちゅから、要望をどんどん言いなちゃい。ワタチがそれを形にしてやるでちゅ」
「おぉ、話が分かるな!いや、最初から分かってたぜ!じゃあまずは、ドラゴンを作って……」
ここからが本番だ。俺の理想のドラゴンのイメージを、余すところなくエルセアに伝える!
俺の脳内ファンタジー図鑑、全開だ!
「えっとだな、ドラゴンってのは、まず、すげー強い!あと火とか氷とか、属性のブレスを吹ける!デカい!空も飛べる!鱗は硬くて剣なんて弾き返す!あと賢い!知能が高いんだ!鳴き声はグォォォォ!って感じでぇ」
俺は興奮気味に続ける。
「んで、ドラゴンにも色々種類がいてサァ! 普通のドラゴンだけじゃなくて、海に住んでるシー・ドラゴンとか、骨だけのアンデッド・ドラゴンとか、雷を操るライトニング・ドラゴンとか! 更に上位種みたいな奴等がいて! なんかエンダードラゴンとかそういう、異次元から来たみたいな、ラスボス級の奴らも!そいつらは寿命なんてなくて、マジで最強の生物で……」
「あ、でもドラゴンだけじゃなくてよ!ドラゴンと対になる巨人って種族もいいな!こっちは地上で最強!デカくて力持ちで、山とかを壊すレベルで……あ、巨人は何種類かいてサァ!普通のジャイアントとか、炎の巨人とか、氷の巨人とか……」
アイデアが止まらねぇ!どんどん出てくる!これは、俺様の溢れ出る創造性が、神の力を得て暴走し始めた証拠だ!
エルセアはそんな俺の早口な、そしてまとまりのない要望を、驚くほど静かに聞いていた。文句も言わず、ツッコミも入れず、ただじっと、地図上の生命の根源を眺めている。
何を考えているのかは分からない。だが、神の孫なりに、俺の要望を整理しようとしているのかもしれない。
そして、俺の話が一区切りついたあたりで、エルセアは無言で小さな手を、いつの間にか存在していたドス黒い光を放つ粘土らしきものへ伸ばした。
コネコネ……コネコネ……。
エルセアは、まるで給食の時間に渡された粘土で好きなものを作るかのように、真剣な顔で、ひたすらドス黒い塊をこねくり回し始る……。
あれはなんなんだろうか。まぁ、きっと生命の根源とかそういう神様パワーで作った変なもんだろう。俺はもう突っ込まない。
「まずはドラゴン……上位種と下位種を分けて……それから、ついでに巨人も……でちゅね」
コネコネ……コネコネ……。
なんというか、壮大なはずの世界創造が、見ていて妙にシュールだ。
粘土で作られるドラゴンとか巨人とか、完成形が全く想像できねぇんだが。本当にこれでいいのか?まあ、神様がやるんだからいいんだろう、たぶん。
傍から見ると幼稚園児が粘土で遊んでいるだけにしか見えないのだが、そんなことを言うと俺の身体が粘土みたいにこねくり回されて死ぬ可能性があるからやめよう。
エルセアが黙々と、そして無心で『生命の根源粘土』をこねくり回し続けると、テーブル上の『世界創生地図』に、変化が起こり始めた。
まず、地図全体が、先ほど生命の粉を撒いた時よりも、一層強い、まばゆい輝きを放ち始める。そして、光に呼応するかのように、地図上の茶色い陸地部分が、ブルブル、と細かく振動を始めた。
空間も、ビリビリと震えているような気がする。
「お? おぉ?」
俺は思わず声を漏らした。これは来るぞ!何か凄いことが起こる前触れだ!俺様の考えた、史上最高のドラゴンや巨人たちが、今まさに誕生しようとしている!
どんな姿で現れるんだ!?地図から飛び出すのか?それとも光になって降り注ぐのか?
俺は期待に胸を躍らせながら、エルセアの、そして地図の変化を食い入るように見つめる。
そして……遂に、その時がやってきた。
地図の振動が収まり、まばゆい光がと収束していく。そして、生命の根源が地図に埋まっていくではないか。
エルセアが重労働を終えたかのように、小さな溜め息と共に呟いた。
「出来たでちゅ」
そう呟いたのと同時に、世界創造を終了させるかのように、地図の光が完全に消え去った。
テーブルの上には、相変わらず海と陸地が描かれた、ただの白い紙が残されただけだ。
一見、何も変わっていないように見えた。
だが、俺が地図を凝視すると……茶色い陸地のあちこちに、ゴマ粒よりも小さな、茶色や青、灰色をした塊みたいなものが、ゾワゾワ、と無数に蠢いているのが見えた。
「お?おぉ!」
俺は思わず声を弾ませた。
「なんかいるぞ!? 動いてる! 生きてる!」
俺の興奮気味の叫びを聞いて、エルセアは胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
「そうでちゅ。それが、お前が要望した、最初の生命でちゅ」
エルセアは地図を指差す。
「これがドラゴンと巨人でちゅ」
「うぉー! すげーな!」
俺は目を輝かせながら、地図上の小さな塊を眺めた。ミジンコ以下の、肉眼ではほぼ点にしか見えないその存在が、あの伝説のドラゴンや巨人か!
「マジでファンタジー世界だ! やったぜ! 俺の創造センス、間違ってなかった!」
俺は目を輝かせながら、地図上をゾワゾワと蠢く小さな塊を眺めた。ミジンコ以下の大きさで、正直、肉眼では形すら捉えられない。
ただ、点がピクピクしている、ように見えるだけだ。本当に動いているのかも怪しい。
「……何やってんだろうな、コイツら」
俺は思わず呟いた。小さいながらも、ドラゴンなら炎を吐いてたり、巨人が岩を投げたりしてるんだろうか。そう、きっと、小さくても何かをしてるんだろう。
そうに違いない。彼らはドラゴンであり、巨人なんだから。俺が設計した最強の生物なんだから。
(いや、待てよ)
俺の頭が、急に冷静になった。
──小さすぎて、何も見えねぇぞ。
こんなミジンコ以下のサイズで、ドラゴンが炎を吐こうが、巨人が岩を投げようが、エルフが森を駆け回ろうが、ドワーフが地下を掘ろうが、俺には何も見えねぇ。
米粒以下の大きさで、誰が壮大な物語を紡ぐんだよ。
俺は、せっかく壮大な計画の末に誕生させた生命が、あまりにも小さすぎるという事実に、急激にテンションがダダ下がりした。
そして、我慢できずに叫んだ。
「小さすぎて見えねぇ!!!」
俺はあまりの不満に、神域の白い床を踏み鳴らして、地団駄を踏んだ。
俺の、子供みたいに地団駄を踏んで叫ぶ様子を見て、エルセアは心底面倒くさそうに、「また始まったでちゅか」といった顔で溜め息をついた。そして、呆れ声で言った。
「見たかったら、扉を利用すればいいでちゅ」
そう言いながら、エルセアの小さな指が、先ほど突然出現した、無駄に絢爛豪華な扉を指差した。
あぁ、そうか。すっかり忘れてた。 そういえば、あったな、そんなもん。
異世界とこの神域を繋ぐ唯一の出入り口。あれを潜れば、この白い空間から、さっき地図が青や茶色に染まった、あの『エルノヴァ』の世界に行けるんだった。
ミニチュアで見てつまらなくても、実物を見に行けばいいんだ。 俺は地図を見て『面白いかどうか』を判断してたけど、本来の面白さは世界そのものにあるはずだ。
「よーし! そうだそうだ! その手があったぜ!じゃあ早速、見に行こうぜエルセア!俺たちが創った最初の生命だ!生で拝んでやろうじゃねぇか!」
俺の前のめりな誘いに対し、エルセアは言った。
「ワタチは遠慮しておくでちゅ」
「はぁ? なんでだよ! 面白そうなのに!自分で創った生命体だろ!? 見に行こうぜ! ワクワクするだろうが!」
俺の誘いを、エルセアは鼻で笑い飛ばした。
「誕生したばっかの生命体なんて、面倒くさいだけでちゅからねぇ。行くなら、文明が育って、ワタチが支配する楽しみとか、お気に召さない奴らを滅ぼす楽しみとか、そういうのができてからでいいでちゅ」
……なんだその理由。生まれたての命に感動するとか、新しい世界の一番最初を見るワクワク感とか、そういう感覚はないのか、このド外道は。
そして相変わらず物騒なワードが聞こえてきたような気もするが、そこは華麗にスルーだ。
まあいい。どうせ俺一人で行っても問題ないんだろう。
エルセアが面白くないと言うなら、俺一人で、俺が面白いと思える部分を徹底的に楽しませてもらおうじゃねぇか。
新しい世界の一番最初を体験できるなんて、滅多にないチャンスだ。神様ですら面倒くさがる機会なんて、俺が見逃すわけないだろう。
「……そうかい。残念だったな、エルセア」
俺は扉に向かって歩きながら、振り返らずに言い放った。
「後で、俺がどれだけ面白い体験をしてきたか聞いて、後悔しても遅いからな! お前が見なかった最高に面白い世界を、この俺が堪能してきてやるぜ! 先に世界を冒険するのも、補佐の役目だ!」
そう高らかに宣言して、俺は、神域と『エルノヴァ』世界を繋ぐ『異世界への架け橋』
──その絢爛豪華な扉の中へと、一人、踏み込んだのだった。