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第13話

…………。


あれ? また生きてる?


肉体も魂も、完全に巨人の足の裏に張り付いて消滅したはずなのに、気が付いたら俺は相変わらずの真っ白な神域の床に転がっていた。

どうやら、俺様はエルセアに殺されないどころか、エルノヴァ世界で死んでも、神域に即座に復活する仕様らしい。

不死身どころか、死に戻り標準装備ってことか。 しかもセーブポイントはここ(エルセアの隣)固定らしい。

最悪だな。



「くそ……いてぇ……!焼かれた痛みと、踏み潰された痛みが、まだ全身にこびり付いている気がする……」



あれは現実だったんだ。俺が創った世界で、俺が創った生命体に、容赦なく八つ裂きにされ、焼き殺され、踏み潰されたんだ。

慈悲も情けも親殺しの罪悪感も一切な。ただただ殺し合いに夢中な下等生物共め……。


──ゆるせねぇ。


俺は勢いよく立ち上がった。そして、目の前のド外道幼児……俺の作った『地獄』の原因たるエルセアに、雷鳴のような怒声を浴びせた。



「エルセァッッッ!あの下等生物共を皆殺しにしろぉ!」



俺は激怒していた。それはもう、怒髪天を衝く勢いだ。プンプンどころじゃない。フンガー!って感じだ。

エルセアが創造したあの異世界……もうあそこは「エルノヴァ」じゃねぇ。正式名称は今日から「地獄」だ。

世界創造の失敗作。混沌の煮こごりだ。ゴミだ。


とにかく、俺は即座に地獄を殲滅することを決意した。俺個人の意見じゃない。今、この俺様の脳内で開催された、緊急閣議での満場一致決定だ。

俺の、文字通り血の滲むような叫びを聞いて、エルセアは欠伸でもしそうな顔をした。

そして、俺の怒りが、今日の天気について話しているかのような、どうでもいい話題であるかのように、呑気なことを宣った。



「ふわぁ……そろそろ、ワタチの……」



エルセアは睡魔と戦うかのように、目を擦る。



「おねむの時間でちゅ……」



……は? おねむ?

今、テメェの創った地獄から九死に一生を得て帰ってきてんだぞ俺は。しかも地獄を滅ぼせって言ってんだぞ。



「もう寝る時間だから、ワタチは寝るでちゅ。ワタチは8万年たっぷり寝ないと、朝、シャキッと起きれないタイプでちゅからね。8万年後でよろしゅう……」



8万年……だと!?また気の遠くなるような数字を出しやがった。

しかも寝る時間だぁ?この状況で8万年も寝る奴がいるか?

つーかさっき、昼寝で5億年とか言ってなかったか?どうして本寝で8万年で済むんだ?矛盾してないか?


……いや、そんなことはどうでもいい!



「寝かすかボケェッ!」



俺はブチ切れた。5億年の次は8万年寝るだぁ?ふざけるな!

この俺様が地獄でどんな目に遭ったと思ってやがる!俺はエルセアの衣服の襟首を両手で掴み、ガクガク、ガクガクと、激しく揺さぶった。



「起きろクソガキ! 何が8万年寝るだ! 今すぐ地獄を殲滅しろ! お前の失敗作だぞあれは! あれが俺様の理想のファンタジー世界だとでも思ってんのか!? 血と肉片しかねぇ地獄だぞ! 俺の理想を返せ! 」



しかし、俺の渾身の、そして情けない揺さぶり攻撃も、エルセアには全く効かなかった。このクソ生意気なド外道幼児は、俺の手を、まるでハエでも払うかのように、パシッ! と軽く、だが有無を言わぬ力で振り払った。

そして、碧い瞳に冷たい光を宿して、俺を反抗期のペットを見るかのように、明確な殺意を込めて睨み付けたのだった。



「まったく、面倒くせぇ奴でちゅねぇ。お前は、ワタチの忠告を聞かずに、自分で勝手に殺されに行っただけでちゅ」



エルセアは俺の、噴火寸前の怒りを気にする様子もなく言葉を続ける。



「誕生したばっかの生命体は、面倒くさいでちゅって、ちゃんと警告したでちゅよ? それでも勝手に『後で後悔しても遅いからな!』とか言って扉に突っ込んでいったのは、お前自身でちゅ」



つまり、自業自得でちゅ、と言いたいらしい。

くそ……くそ!なんか正論だと思ってしまうのが、よけいにムカつく!



「うるせぇ!理屈じゃねぇんだ!俺は傷ついたんだ!俺が創ったはずの奴らにボコボコにされて、焼き殺されて、踏み潰されたんだ!血と肉片と目玉と鼻血が飛び散ったんだぞ!」



おのれ下等生物共……。

あの屈辱、絶対に許さんぞ、根絶やしだ。地の果てまで追いかけて、血祭りに上げてやる。



「創造主様たるこの俺に歯向かいやがって!全員まとめて廃棄処分だ!存在ごと消し炭にしてやる!」



俺は叫んだ。

エルセアは、そんな俺の怒りの叫びを、遠吠えでも聞いているかのように、ただ静かに聞いていた。

何を言っているのか、もはや俺自身も分からなくなっていたかもしれないが、とにかく怒りをぶちまけることだけが重要だった。

エルセアは、俺の「創造主様」という言葉に、フン、と鼻で笑った。



「創造主って……あれはワタチが生命の根源をこねくり回して、形を創ったものでちゅ。お前はその間、そこで変な踊りしてただけでちゅ」



エルセアは何やらごちゃごちゃ、俺の創造主としての功績を否定するようなことを言っているが、俺の怒りによって焼き付いた脳味噌には、もはやまともに入ってこない。

とにかく、創造神たるこの俺をコケにし、無様な姿を晒させたあの下等生物共を一掃しなくては……。

そうして、俺が、怒りに任せて滅茶苦茶なことを叫んでいると、エルセアは溜め息をつきながら、新たな提案を投げかけてきた。これもまた、俺を馬鹿にするような言葉だ。



「処分したいんなら、自分で殺すでちゅ。お前に、そんなことができるとは思えないでちゅけど」

「……」



俺は怒りで震えながらも、エルセアの言葉を咀嚼する。

自分で殺せ?この俺が?あの下等生物共を?

無理だ。無理に決まってるだろうが。さっきあんな目に遭ったんだぞ。また焼き殺されたり、踏み潰されたりしたらたまんねぇ。



「あまり俺を舐めるなよ。ドラゴンにデコピンされただけで俺は即死するんだからな」



どうだ? 怖いか?

規格外の生命力を持つドラゴンが、本気の一撃じゃなく、指先でツン、とやられただけで消滅する存在。

そのあまりの虚弱さ。それが、この俺様だ。その、宇宙で最も弱い存在と言っても過言ではない、虚弱さが、お前に分かるか?

これ以上ない恐怖だろう!

俺の渾身の、そして意味不明なハッタリを聞いて、エルセアは心底どうでもいい、そして俺という存在に対するあらゆる期待を手放したかのような半眼になった。その大きな瞳に、呆れしか宿っていない。

そして、大きく溜め息をついた後……。



「いや、なんかもう……お前は、それでいいでちゅ」



そう言って、エルセアは俺の額に、人差し指をピンッ!と弾いた。



「イテッ」



エルセアの、神のデコピンは、地味に痛かった。思わず、額をさする。

しかし、条件反射的に痛いと言ってしまうのが人間の悲しい性である。いやもう俺は天使か。不死身の死に戻り天使か。

エルセアはそんな俺の複雑な内心など気にも留めない。

淡々とした、既に決定済みであるかのような口調で、一方的に話を進めた。



「まあ、お前の言う地獄……じゃなくて、エルノヴァ世界でちゅけど……もう少し、様子を見るでちゅ」

「様子を見る?」

「そうでちゅ。そのうち、五億年待つよりは早く、文明が生まれて、街とか国とかできてくるでちゅ。そうすればドラゴンや巨人たちも、ただ殺し合うだけじゃなく、理性的に動くようになるでちゅよ。社会性とかルールとか、学ぶはずでちゅから」

「……嘘つけ!」



俺は即座に、エルセアの甘すぎる予測を否定した。

あいつらが理性的に動く? 文明を作る? 笑わせるな!



「あの血と肉片と絶叫しか知らねぇ下等生物共が、理性的に動く姿なんて、想像も出来ねぇよ。文明が育つ? 社会性? あんな奴らにそんなもんが備わるわけないだろうが。プチトマト以下の脳味噌しかねぇただの暴力装置!出来損ないのゴミ!見てみろよ!今も血と炎の中で殺し合ってやがるぞ!」



俺の、血反吐を吐きそうなほどの本気の否定も、エルセアには全く届かなかった。

彼女は俺の言葉を、ノイズか何かのようにスルーし、先ほどの議論で使ったワードを引っ張り出してきた。



「これも、世界創造ガイドラインでちゅを無視して、いきなり高等生命体を作った弊害でちゅ。段階を踏まなかったから、基礎ができてないでちゅ」



そして、結論として、俺に受け入れを強要する。



「だから、お前は、その結果を諦めて受け入れろでちゅ」



く……! おのれ、エルセアめ……!

俺は、怒りで拳を握りしめた。何がガイドラインだ!何が弊害だ! 全て俺のせいだと言いたいのか!

しかも、あの下等生物共が理性を持つようになる、なんて寝言を言いながら、俺に「諦めて受け入れろ」だと?

この期に及んで、俺を諭そうとするか? 俺が無残に死んだ姿を見てもそんなことが言えるとは、流石外道だ……。


俺が彼女の正論……いや、寝言に何も言い返せないでいると、エルセアは会話が終わったことに満足したかのように、再び欠伸をした。



「さてと……話も終わったでちゅし、そろそろオネムの時間でちゅから。ワタチは寝るでちゅ」



そして、迷いなく寝る場所を決めようとする。



「あ、ちょ! 待て!」



俺の制止も聞かず、エルセアは心底「うるさいなぁ」という顔で、サッと小さな手を掲げた。すると。

フワリと。

何もない白い空間に、どこからともなく、信じられないほど豪華絢爛なベッドが出現したではないか。



「おぉ……?これは……」



俺は思わず感嘆の声を漏らした。真っ白で、天蓋までついている。シーツには、前世で騙し取った額より複雑そうなレースの刺繍が施されている。

フカフカで、見るからに寝心地が良さそうだ。さすが神……エルセアが創ったモノは、無駄にクオリティが高いな。見た目は完璧だ。8万年寝るにふさわしいベッドだ。

そんな俺の感嘆など全く意に介さず、エルセアは自分の作品に満足したように笑う。そして豪華なベッドに、重いものから解放されたかのように、身を投げ出した。



「……って何やってんだ!」



俺は、ベッドの豪華さに見惚れていた自分に活を入れ、慌てて叫んだ。

エルセアはすでにベッドの上でスヤスヤと、8万年寝るのが待ちきれないとばかりに、気持ちよさそうに眠り始めて……。



「おいエルセア! 寝るんじゃない!!」



俺はベッドに駆け寄りながら叫んだ



「起きて俺の復讐に付き合え! 俺の為に、あの、俺をコケにした下等生物共を全員皆殺しにしろ!俺じゃ出来ないんだよ!」



俺の復讐心に燃えた叫びを聞いてエルセアは薄っすらと目を開けた。

そして、ベッドの上から心底面倒くさそうに、冷たい声で言い放った。



「──いい加減にしろ。クズが」



エルセアは、ベッドに横たわったまま、小さな右手をサッと俺に向けた。



「たかが、下等天使風情が、このエルセアーナの尊い眠りの邪魔をするな」



そして一切の容赦なく小さな掌から白いエネルギー波が放出された。

その光は、先ほど俺を消滅させた時と同じ、純粋な破壊の光だ。



「お前も、そこで、静かに寝てろ……」



その瞬間、俺の体は、光に呑み込まれ──


一瞬で、床で寝ていた。


いや、寝ていた、というより、肉体が吹き飛んで消滅した、という方が正確だ。神域の白い床に、俺の肉体だったはずのものは何も残っていない。

ただ、魂(らしきもの)だけが、フワフワと、頼りなく宙に浮いている。透明な、幽霊みたいな状態だ。



(え? やだ……?)



俺の魂は、宙を漂いながら困惑した。

なにこれ。俺、こんなに簡単に殺されちゃうの?

さっきまで肉体があったのに? 光に呑み込まれて、一瞬で消滅?なんか描写があっさりしてねぇか?


こんなの……こんなのってないよ!もっとこう、殺されるなら殺されるで、ちゃんと殺されるに至るまでの描写とか、壮絶な抵抗とか、断末魔の叫びとか、悔しさの滲む最期の台詞とか、派手に爆発四散するエフェクトとか、そういうのを描写しろ!


ねぇ? 聞いてる?可愛いエルセアちゃん?

俺のこの、描写されないまま殺された哀れな天使の悲痛な訴え、届いてる? 見てるか? この、宙を彷徨う俺の魂を?

エルセアは、豪華なベッドに身を沈め、フカフカの枕に頭を乗せながら、心底安堵したように息をついた。



「ふぅ……これでようやく静かになったでちゅね。ふぁ~あ、今日は疲れたでちゅ。あのジジィにこんなクソみたいな天使を監視に付けられるでちゅなんて。全く、散々でちゅよ」




消滅させられて肉体がないのをいいことに、言いたい放題言いやがって。

俺の口は消え去ったが、怒りに燃え盛る魂は、まだ抵抗を諦めていない。



「……!……!!」



声にならない、魂の叫びが白い空間に虚しく響く。

俺は、消滅させられた怒りと、クソみたいな根性呼ばわりされた侮辱に燃えながら、ただでは済まさじと心に誓った。

寝る気なら、とびきり嫌な夢を見せてやる! あるいは、呪ってやる! 眠りを妨害してやる!

俺の魂は、エルセアの豪華なベッドに向かって、滑り込むように潜り込んだ。

どうだ、怖いか! 幽霊になってまで嫌がらせしてやる、この執念深さ! 並の根性じゃねぇぞ、並の天使じゃねぇぞ! 神に反抗する魂の輝きだ!


俺の魂がベッドの隙間に入り込んだ、その時。エルセアは、寝返りを打つように、ゴロン、と体を回転させると……。



「あ、なんかちょうどいい、いい抱き枕があるでちゅ」



そう呟きながら、そのまま、俺の魂を、ギュッ、と抱き締めてきた。

え? ちょっと待って。俺の魂は困惑した。なに?何が起きてる?抱き枕?



「すやぁ……スゥースゥー」



エルセアは、俺の魂を抱き締めたまま、秒で寝た。 呼吸音まで聞こえてくる。安らかな寝息だ。


いや、嘘でしょ? 寝付き良すぎないかコイツ。8万年寝るだけあるな。秒で寝る神様なんて聞いたことねぇぞ。

まあ、見た目幼児だからね。寝付きがいいのは当然かもしれない。しょうがないね。


こうして俺は、エルセアに、復讐しようとして逆に抱き枕にされた挙句、そのまま、温もりすらない魂の状態で、意識が薄くなっていく……。


あぁ……。


神様なんて、大嫌いだ……。

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