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2-4 クラリッサへの対策

第二章:冷たさの裏の優しさ


2-4 クラリッサへの対策



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アリエッタとヴィンセントの距離が少しずつ縮まりつつあった頃、再び不穏な影が公爵邸に忍び寄っていた。噂は一度鎮まったかに見えたが、今度は邸内の使用人たちの間で奇妙な話が広まっていた。


「聞きましたか? 伯爵家の令嬢が、公爵様にふさわしくない行いをしていたとか……」

「いや、もっと酷い噂もありますよ。アリエッタ様は他国の貴族と内通しているだなんて」


アリエッタは廊下を歩いている最中、そのささやき声を偶然耳にしてしまった。息が詰まりそうになり、立ち止まる。リリアが彼女の表情に気づいて、心配そうに声をかけた。


「アリエッタ様、大丈夫ですか?」


「……ええ。何でもありません」


必死に微笑みを浮かべて見せたものの、心の中は穏やかではいられなかった。


(またクラリッサ姉様の仕業……。今度は、私だけでなく公爵様にまで迷惑がかかってしまうかもしれない)


義姉クラリッサの妬みが、どれだけ悪質なものかはよく分かっている。それでも、公爵家の名誉を汚すようなことがあれば、それはヴィンセントの立場をも危うくしてしまう。


「このままではいけないわ……」


アリエッタは小さく呟き、何か手を打つ決意を固めた。



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その日の夜。ヴィンセントは書斎で執務を続けていた。蝋燭の炎が揺れ、積まれた書類の影が机の上に広がる。彼の瞳は相変わらず冷たく、しかしどこか疲れが滲んでいる。


「……公爵様、少しお時間をいただけませんか?」


静かに扉が開き、アリエッタが入ってきた。その姿に、ヴィンセントは一瞬驚いたように眉を動かしたが、すぐにいつもの無表情に戻る。


「何の用だ」


「ご相談したいことがあります」


アリエッタは彼の前まで歩み寄り、まっすぐに彼の瞳を見つめた。その視線に、ヴィンセントは小さくため息をつき、椅子に深く腰掛けた。


「言え」


アリエッタは静かに息を整え、話し始めた。


「……最近、公爵邸の中で私について新しい噂が流れています。おそらく、私を陥れようとする者の仕業です」


「……またか」


ヴィンセントの声には微かな苛立ちが滲んでいた。彼は机に肘をつき、指を組んで彼女を見つめる。


「それで?」


「公爵様にご迷惑がかからないように、私も動きたいのです。この噂がどこから来たのか、しっかりと突き止めたいと思います」


アリエッタの言葉に、ヴィンセントの金色の瞳が一瞬鋭く光った。


「お前が動く必要はない」


「でも――」


「その必要はないと言った」


ヴィンセントの声が静かに響き、アリエッタは言葉を飲み込んだ。彼は目を細めながら、ゆっくりと続けた。


「私の妻に対する侮辱は、私自身に対する侮辱だ。それを放っておくつもりはない」


アリエッタはその言葉に、胸の中が温かくなるのを感じた。ヴィンセントの態度は冷たいが、その言葉には揺るがぬ信頼と責任が宿っている。


「ですが……」


「お前は余計なことを考えず、ただここにいればいい。それが私の望みだ」


ヴィンセントの言葉には、どこか彼なりの優しさが含まれているように思えた。アリエッタはその強さに少しだけ頼ってもいいのだと、そう感じた。


「分かりました、公爵様……。信じます」


アリエッタの静かな返事に、ヴィンセントはわずかに目を細め、口元に微かな笑みを浮かべたように見えた。



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翌日、公爵邸では異例の動きが始まった。ヴィンセントの命令により、使用人全員に噂の出どころについての調査が行われたのだ。


「公爵様がここまでされるなんて……」

「やはり、アリエッタ様がそれほど大切な方だということかしら」


使用人たちの間でそんな声が漏れ始め、いつの間にか噂は逆の形で収束し始めていた。


そして、数日後――クラリッサの仕掛けた使者が邸内に紛れ込んでいたことが明らかになる。ヴィンセントはその者を静かに取り調べ、その証拠を手に入れた。


「まったくくだらない」


ヴィンセントは手元の報告書を見下ろし、冷たく呟いた。そしてその夜、アリエッタの元を訪れ、こう告げた。


「お前を陥れようとした者はすでに排除した。これ以上の戯言は許さん」


アリエッタはその報告に、目を見開いてヴィンセントを見つめた。


「……公爵様、ありがとうございます」


「私の妻を守るのは当然だ」


彼はそれだけを言い残し、静かに部屋を出ていった。しかし、去り際に見えた彼の背中は、どこか頼もしく、そして温かかった。



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その夜、アリエッタは窓辺に立ち、空に浮かぶ月を見上げた。クラリッサの策謀はまたも失敗に終わった――それはヴィンセントが彼女を信じ、守ってくれたからだ。


(公爵様……やっぱり冷たい人なんかじゃない)


彼の冷たい言葉の裏には、誰よりも真摯な誠実さが隠れている。それに気づいた時、アリエッタは彼の孤独をもっと理解したいと、強く思った。


「いつか……あなたの心の氷を、全部溶かせたらいいのに」


そう静かに呟き、アリエッタは微笑んだ。夜の冷たい風が部屋に吹き込むが、彼女の心には小さな灯がともっていた。



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クラリッサの罠は打ち砕かれ、アリエッタとヴィンセントの絆はさらに深まっていく――。冷たい表面の下にある彼の心に、アリエッタの温もりは少しずつ届き始めていた。



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