目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

3-1 ヴィンセントの告白

第三章:真実の愛の芽生え


3-1 ヴィンセントの告白



---


その朝、公爵邸には柔らかな陽光が差し込んでいた。北の地では珍しい穏やかな日だ。冬の冷たい風も少し和らぎ、庭に咲く白い花々が静かに揺れている。アリエッタは窓の外を眺めながら、小さく微笑んだ。


(今日はいい天気ね……)


それは彼女が公爵邸に来てから、心の底から穏やかな気持ちで迎えた朝だった。クラリッサの仕掛けた罠はすべて打ち砕かれ、ヴィンセントが彼女を信じ、守ってくれたことが、アリエッタの心を支えていた。


「……公爵様、少しずつお優しくなっている気がする」


そう呟くと、アリエッタの頬に自然と赤みが差す。彼の冷たい表情や言葉の奥に、少しずつ見えてくる不器用な優しさが、彼女の心を温めていた。



---


その日の午後、リリアがアリエッタに声をかけた。


「アリエッタ様、公爵様が庭でお待ちだと仰っています」


「公爵様が……? 私を?」


驚きのあまり、アリエッタは思わず聞き返した。ヴィンセントが自ら彼女を呼び出すことなど、これまで一度もなかったのだ。


「はい。どうやら公爵様が、アリエッタ様とお話をなさりたいようです」


リリアの言葉に、アリエッタの胸はどこか高鳴った。彼が自分に何を伝えようとしているのか――考えるだけで、少し緊張する。


(何か、悪い知らせじゃないといいけれど……)


胸の不安を押し殺しながら、アリエッタは庭へと足を運んだ。



---


邸宅の庭に足を踏み入れると、そこにはヴィンセントの姿があった。彼は背中を向け、庭の中央に咲く白い花を静かに見つめている。その姿はまるで氷の彫刻のように凛とし、美しかった。


「公爵様……お呼びだと伺いました」


アリエッタが控えめに声をかけると、ヴィンセントはゆっくりと振り向いた。金色の瞳が彼女を捉え、いつもより少し柔らかい光を宿している。


「来たか」


「はい……」


ヴィンセントは一歩前に進み、花の咲く庭を見渡した。そして、少しの間沈黙した後、ゆっくりと口を開く。


「……お前は、この庭が好きなのか」


「はい。とても好きです。ここに咲く花も、風の音も、とても心を落ち着かせてくれるから」


アリエッタが微笑みながら答えると、ヴィンセントは再び白い花を見つめた。


「この庭に咲く花は、母が好きだった花だ」


「お母様が……」


「母は、病弱だった。幼い頃の私にとって、この庭だけが唯一、母と過ごせる場所だった」


彼の声には、いつもの冷たさではなく、静かな哀しみが滲んでいた。その言葉に、アリエッタの胸がぎゅっと締め付けられる。


(公爵様も……寂しい幼少期を過ごされたのね)


「母が亡くなった後、この庭は放置されかけていた。だが私はそれを許さなかった。ここは、母との思い出が残る場所だからな」


ヴィンセントは静かに語り続ける。その姿は冷たくも見えるが、その実、彼の中に眠る孤独と愛情が垣間見えた。


「……公爵様が大切にしているこの庭を、私も守りたいです」


アリエッタがそう言うと、ヴィンセントは初めて目を細め、彼女をじっと見つめた。


「お前は、変わった女だな」


「えっ?」


「私に近づこうとする者は皆、私の権力や富にしか興味がなかった。だが、お前は違う」


ヴィンセントの声は低く、だが確かに温かかった。アリエッタは彼の言葉に驚き、思わず彼の顔を見つめる。


「私は、ただ――」


「……お前を信じることにしよう」


その一言に、アリエッタの心臓が跳ね上がる。彼が、自分を信じる――。それは彼にとって、どれだけ重い意味を持つ言葉なのか、彼女には分かっていた。


「公爵様……ありがとうございます」


アリエッタは小さく微笑んだ。その笑顔は、彼にとってどこか眩しく映ったのだろう。ヴィンセントはふいに目を逸らし、静かに続けた。


「……お前がここに来てから、私は変わったのかもしれない」


「え?」


「私がずっと抱えてきたものを、少しずつ溶かしている気がする」


その言葉に、アリエッタの目に涙が滲んだ。彼の心の氷が、少しずつ解け始めている――そう感じたからだ。


「……私も、公爵様を支えたいのです。あなたの孤独を、少しでも癒すことができれば」


その言葉に、ヴィンセントはゆっくりとアリエッタを見つめ、静かに微笑んだ。


「余計なことを言うな」


そう言いながらも、彼の表情はいつもより柔らかく、温かかった。



---


その日の夕暮れ、アリエッタは部屋に戻り、胸に手を当てた。彼の言葉が、心の中に何度も響いていた。


(公爵様が……私を信じてくださった)


それは、彼との間に確かな絆が生まれた証拠だった。冷たい氷のような彼の心の中に、少しずつ温かい光が差し込んでいる――その光を絶やさないように、彼女はもっと強くありたいと思った。


「私も……公爵様のそばにいる」


小さく呟いたその言葉は、彼女自身への誓いでもあった。



---


その夜、ヴィンセントは書斎の窓から庭を見下ろしていた。白い花が月明かりに照らされ、静かに揺れている。その姿を見つめながら、彼は小さく呟いた。


「……変わった女だ」


しかし、その声はどこか優しく、微かな笑みが彼の口元に浮かんでいた。


彼の心に差し込んだ小さな光――それは、確かに真実の愛の芽生えだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?