第三章:真実の愛の芽生え
3-2 クラリッサの最後の陰謀
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ヴィンセントとの心の距離が縮まり始め、アリエッタは少しずつ公爵邸での生活に安らぎを感じるようになっていた。彼の冷たい態度の裏に隠された孤独と優しさを知り、彼女の中にはヴィンセントへの信頼と、まだ名前のつかない特別な感情が芽生えつつあった。
だがその穏やかな日々は、再びクラリッサの陰謀によって乱されようとしていた。
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「アリエッタ様、少しお話がございます」
ある日、侍女のリリアが焦りを隠しきれない様子でアリエッタの部屋を訪れた。手には一枚の手紙が握られている。
「どうしたの、リリア?」
「こちらを……ご覧ください」
アリエッタはリリアから手紙を受け取り、封を切った。その中に書かれていた内容を目にした瞬間、血の気が引いた。
『アルカナ公爵家の秘密が明らかになる――その鍵は、今夜の舞踏会にて。
アリエッタ、お前の偽りの正体を暴く者が現れるだろう。』
「これは……!」
アリエッタの手が小さく震える。間違いなく、これはクラリッサの仕業だ。噂や陰謀を駆使して彼女を陥れようとしてきた義姉が、今度は公の場で彼女を失脚させようとしている。
「どうしましょう、アリエッタ様。今夜の舞踏会で何か起こるのは間違いありません!」
リリアの声には明らかな不安が滲んでいる。だが、アリエッタは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「……大丈夫よ、リリア。私はもう逃げたりしないわ」
そう言うアリエッタの表情には、強い決意が宿っていた。これ以上、クラリッサの思い通りにはさせない。
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その夜、アルカナ公爵邸では格式高い舞踏会が催されていた。広間には煌めくシャンデリアの光が満ち、華やかな音楽が流れる中、招かれた貴族たちが優雅に談笑している。アリエッタは純白のドレスに身を包み、胸の奥にある不安を押し殺して舞踏会に臨んでいた。
(今夜、何が起こるのか分からない。でも……絶対に負けない)
広間の入り口に現れたヴィンセントは、いつものように冷静で凛とした姿を見せていた。彼の隣に立つアリエッタに、周囲の視線が集まる。
「やはり公爵夫人は美しい……」
「いや、しかし最近の噂は……」
そんなささやき声が聞こえるたびに、アリエッタは胸の中に小さな痛みを感じる。しかし、隣にいるヴィンセントの存在が、彼女を支えていた。
「アリエッタ」
ヴィンセントが小さな声で呼びかける。彼の金色の瞳が真っ直ぐに彼女を見つめていた。
「今夜、何があろうと、私がお前を守る」
その言葉に、アリエッタは頷き、微笑んだ。
「ありがとうございます、公爵様。私も……もう逃げません」
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舞踏会が進む中、事件は突如として起こった。広間の中央に、一人の男が現れたのだ。彼は公爵家の使用人の服装をしていたが、どこか様子がおかしい。そして、手に持った封筒を高々と掲げて叫んだ。
「聞いてください! アリエッタ公爵夫人には、重大な秘密があります!」
広間が一瞬で静まり返る。貴族たちがざわめき、アリエッタに視線が集中する。ヴィンセントは鋭い目で男を睨んだ。
「何の騒ぎだ」
男は震える手で封筒を掲げ続け、言葉を吐き出す。
「この中には、公爵夫人が以前、不貞な行いをしていた証拠が入っております!」
その言葉に、広間が一気に騒然とした。貴族たちの間に動揺が広がり、アリエッタはその場で立ち尽くす。だが――
「くだらん」
ヴィンセントの冷たい声が広間に響き渡った。彼は静かに男に歩み寄り、手に持った封筒を奪い取ると、そのまま床に叩きつけた。
「私の妻を侮辱する愚か者に、何の権利がある」
その言葉には威圧感があり、男はその場に崩れ落ちた。ヴィンセントはアリエッタの手を取り、広間全体に向けて静かに言い放つ。
「お前たちは覚えておけ。私の妻を貶める者は、私の敵だ」
その一言に、広間の空気が凍りつく。誰もがヴィンセントの強い言葉に圧倒され、口を噤んだ。
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その後、騒ぎを起こした男は衛兵によって捕えられ、彼の背後にクラリッサの名前が浮上したことは言うまでもない。
ヴィンセントとアリエッタは広間を後にし、静かな廊下を歩いていた。アリエッタは胸に手を当て、まだ緊張が解けない様子だった。
「……私、また公爵様にご迷惑を」
「馬鹿を言うな」
ヴィンセントは立ち止まり、アリエッタをじっと見つめた。その金色の瞳には、いつもの冷たさはなく、どこか優しい光が宿っている。
「お前は私の妻だ。何があろうと、私が守る。それだけだ」
アリエッタはその言葉に涙が溢れそうになるのを必死に堪え、微笑んだ。
「……ありがとうございます、公爵様」
彼の手がそっと彼女の髪に触れ、静かに撫でる。その優しさに、アリエッタの胸の中で何かが溶けていくのを感じた。
(この人が、私を守ってくれる……)
氷の公爵――そう呼ばれていた彼の心は、少しずつ温かく、確かな絆で彼女と結ばれ始めていた。
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クラリッサの陰謀は打ち砕かれ、ふたりの心は確かに近づいていく。冷たい氷の中に、真実の愛が芽生え始めていた――。