第三章:真実の愛の芽生え
3-3 悪事の証拠集め
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クラリッサの陰謀が舞踏会で露見し、ヴィンセントがその場で噂を一蹴してから数日が経った。しかし、アリエッタの心は完全に晴れたわけではなかった。表向きは沈静化していたものの、彼女を陥れようとする義姉の手は、まだどこかで蠢いている――そう感じていた。
「……これ以上、黙っていてはいけないわ」
アリエッタは部屋で一人、机に向かい、静かに呟いた。クラリッサの悪事を暴き、完全に終わらせなければ、またいつか公爵邸に不穏な噂が流されるだろう。何より、ヴィンセントの名誉を守るためにも、彼女自身が動かなければならない。
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アリエッタは筆頭侍女のリリアに、庭の散策と称してひそかに協力を求めた。彼女の中で、クラリッサが公爵邸に送り込んだ密偵や協力者がまだ潜んでいるのではないかという疑念があったのだ。
「リリア、何か不審な者を見かけたり、怪しい行動を取る者がいないか注意してもらえますか?」
「もちろんでございます、アリエッタ様。私もこの邸の侍女として、少しでもお役に立てれば……!」
リリアの目には決意の光が宿っていた。アリエッタは信頼できる味方に感謝しつつ、微笑んだ。
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その夜、ヴィンセントは書斎で執務に追われていた。蝋燭の火が揺れ、静かな空間に羽ペンの音だけが響いている。
「公爵様、お邪魔いたします」
静かに扉を開け、アリエッタが入ってきた。ヴィンセントは顔を上げ、驚いた様子もなく彼女を見つめた。
「どうした」
「ご相談したいことがあります」
アリエッタは意を決して、ヴィンセントの前まで進み出た。
「……クラリッサ姉様の悪事を、完全に暴きたいのです」
その言葉に、ヴィンセントの金色の瞳が僅かに揺れた。
「またくだらないことを考えているな」
「くだらなくなんてありません! これ以上、公爵様や私が傷つけられるのは我慢できないのです」
アリエッタの真剣な表情に、ヴィンセントはしばらく黙っていた。しかし、彼女の意思が揺るがないことを悟ったのだろう。静かに息を吐いて言った。
「……お前がそう言うなら、協力してやろう」
「公爵様……!」
「だが、無理はするな。私の妻が危険を冒す必要はない」
ヴィンセントのその言葉に、アリエッタは心の底から嬉しさを感じた。彼の信頼と優しさが、彼女をさらに強くしていく。
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翌日、アリエッタはヴィンセントの許可を得て、邸内で密かに情報を集め始めた。リリアや信頼できる使用人たちと共に、不審な人物の行動や手紙の流れを調べていく。
「アリエッタ様、この書庫で不審な書類が見つかりました」
リリアが差し出したのは、一通の手紙だった。その内容はクラリッサの筆跡で書かれたもので、公爵邸の使用人に指示を出し、噂や誤解を広めるように指示したものだった。
「……やっぱりクラリッサ姉様」
アリエッタの手が震えるが、その目には強い意志が宿っていた。
「これで証拠が揃ったわ。あとは……」
「……あとは、奴を追い詰めるだけだ」
突如、低い声が背後から聞こえた。振り向くと、そこにはヴィンセントが立っていた。彼は静かに手紙を手に取り、一読すると表情を険しくした。
「クラリッサの悪事は許されない。これを使って、彼女の罪を公にする」
「でも、公爵様……伯爵家の立場が危うくなってしまいます」
アリエッタの声には迷いがあった。たとえクラリッサが悪事を働いたとしても、彼女の失墜はアストリア伯爵家そのものの名誉に傷をつけてしまう。
「関係ない」
ヴィンセントは冷静に言い切った。
「悪事は悪事だ。たとえお前の家族であろうと、私の妻を傷つける者を許すつもりはない」
その言葉に、アリエッタの心が震えた。彼が、どれほど自分を大切に思ってくれているのか――その強い意志が伝わってきた。
「……ありがとうございます、公爵様」
「お前は余計なことを考えず、ただ私を信じていればいい」
そう言って、ヴィンセントは彼女の肩にそっと手を置いた。その温もりに、アリエッタは安心感を覚えた。
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そして数日後、ヴィンセントはクラリッサを邸内に呼び出し、彼女の罪を暴く場を設けた。
「クラリッサ・アストリア、お前の悪事はすべて明るみに出た」
ヴィンセントの声が冷たく響く広間で、クラリッサは目を見開き、言葉を失っていた。証拠の手紙が彼女の前に置かれ、使用人たちもその罪を証言する。
「そ、そんなはずは……! 私はただ――」
「言い訳は聞かん」
ヴィンセントは一蹴し、静かに続けた。
「これ以上、アリエッタを傷つけるようなことがあれば、二度と立ち上がれぬほどの罰を与える。覚悟しておけ」
クラリッサの顔は真っ青になり、その場に崩れ落ちた。彼女の陰謀は完全に潰え、アリエッタは再び公爵夫人としての名誉を取り戻した。
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その夜、アリエッタは庭の白い花を見つめながら、小さく呟いた。
「これで、ようやく……終わったのね」
背後から、ヴィンセントの声が静かに届く。
「よく頑張ったな」
振り向くと、彼の金色の瞳が彼女を優しく見つめていた。アリエッタは涙を堪えきれず、微笑みながら言う。
「すべて、公爵様のおかげです」
ヴィンセントは言葉なく、彼女の頭を優しく撫でた。その手の温もりに、アリエッタの心は安らぎ、静かな涙が頬を伝う。
(この人のそばにいれば、私は何も怖くない)
ふたりの間に芽生えた信頼は、揺るぎない絆へと変わりつつあった――。
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悪事は暴かれ、ふたりの心はさらに近づく。冷たい氷は確かに溶け始め、真実の愛が形を成しつつあった――。