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3-4 初めての温もり

第三章:真実の愛の芽生え


3-4 初めての温もり



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クラリッサの陰謀が完全に暴かれてから数日が経ち、公爵邸はようやく平穏を取り戻していた。クラリッサはアストリア伯爵家に送り返され、彼女の悪事を知った伯爵家は内外に頭を下げることとなり、事態は収束に向かった。


アリエッタもようやく心の重荷が取れ、少しずつ笑顔を取り戻しつつあった。

だがそれと同時に、彼女の中には新たな感情が芽生えつつあった。


(私……公爵様のことをどう思っているのかしら)


彼の冷たい態度の裏に見えた優しさ。誰よりも彼女を守ってくれた強さ。その姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。そして、彼の心の孤独を少しでも癒したい――そう願わずにはいられなかった。



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ある日の夕暮れ、アリエッタは公爵邸の広大な庭に立っていた。白い花々が風に揺れ、薄紅色の空を背景に静かに咲いている。


「……綺麗ね」


手を伸ばし、そっと花に触れる。その時――。


「また花か」


低く響く声が背後から聞こえた。アリエッタは驚いて振り向くと、そこにはヴィンセントが立っていた。相変わらず冷徹な表情だが、彼の姿がそこにあるだけで、彼女の胸の中は少し安心した。


「公爵様……。いつの間に?」


「お前がいつもここにいるのは分かっている」


そう言って、ヴィンセントはアリエッタの隣に立つ。彼がこうして何も言わずに隣にいてくれることが、以前よりも自然に感じられた。


「公爵様は、この庭を大切にされているのですね」


「……ああ」


彼は短く答え、庭を見渡す。その横顔はいつも通り無表情だが、どこか柔らかい光が宿っているように見えた。


「私、この庭が本当に好きです。寒いこの土地で、こんなに美しく花が咲いているなんて……」


アリエッタが微笑みながら言うと、ヴィンセントは一瞬だけ彼女を見つめ、再び目を逸らした。


「……お前が、ここに来てからだ」


「え?」


「この花がよく咲くようになったのは、お前が来てからだ」


その言葉に、アリエッタの胸がふわりと温かくなる。


「私のおかげ、なんて……」


「事実だ」


ヴィンセントは静かに言い切った。彼の声はいつもの冷たさを帯びているはずなのに、その言葉には優しさと、どこか照れくささが滲んでいるように感じた。


「公爵様……」


アリエッタはそっと彼の顔を見上げた。夕暮れの光が彼の横顔を照らし、彼の金色の瞳が美しく輝いて見える。彼女は自然と、胸の中に芽生えた想いを言葉にしそうになったが――。


「……寒い。中へ戻るぞ」


ヴィンセントはそう言いながら踵を返す。その言葉がどこかぎこちなく、アリエッタはふっと笑ってしまった。


「公爵様、今夜は少しだけお話ししませんか?」


その言葉に、ヴィンセントは足を止めた。


「話、だと?」


「はい。私は……公爵様のことをもっと知りたいのです」


アリエッタの言葉に、ヴィンセントは無言で彼女を見つめた。そして、ゆっくりと息を吐くと、静かに頷いた。


「……分かった」



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夜、邸宅の書斎には暖炉の火が灯り、その前にヴィンセントとアリエッタが向かい合って座っていた。アリエッタはお茶を手に取り、少し緊張しながら口を開いた。


「……公爵様は、いつも一人でいらっしゃるのですね」


「それが私の役目だからな」


ヴィンセントは淡々と答える。しかしその言葉の裏には、彼が背負っている孤独が感じ取れた。


「公爵様……本当にそれで良いのですか? 誰にも頼らず、誰にも心を開かずに」


その言葉に、ヴィンセントは目を細め、彼女をじっと見つめた。


「お前は何が言いたい」


「私は、公爵様のそばにいたいのです。誰かがあなたを支えることは、弱さではなく強さだと思いますから」


アリエッタの真っ直ぐな言葉に、ヴィンセントの表情が一瞬だけ揺れた。


「……」


沈黙が落ちる。アリエッタは少し怖くなったが、目をそらさずに彼を見つめ続けた。


「お前は……不思議だな」


ヴィンセントがようやく口を開いた。彼の声は静かで、どこか柔らかい。


「私のことを知ろうとする者は、お前が初めてだ」


その言葉に、アリエッタの目に涙が滲んだ。


「公爵様……」


「……お前が望むなら、これからは少しずつ話すとしよう」


ヴィンセントはそう言いながら、彼女をまっすぐに見つめた。アリエッタは頷き、微笑んだ。


「ありがとうございます、公爵様」


その夜、初めて二人は心からの言葉を交わし合った。静かな書斎に灯る暖炉の火は、まるで二人の心を温めるかのように揺れていた。



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夜が更け、アリエッタが自室に戻る途中、彼女の胸はじんわりと温かく満たされていた。


(公爵様の心に、少しだけ触れられた気がする)


彼の孤独を癒すことができるのなら、それは彼女にとって何よりの幸せだ。そして、彼の心の氷を溶かすことができるのは――きっと自分だと信じていた。



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ヴィンセントは一人、書斎で暖炉の火を見つめながら、静かに呟いた。


「……余計なことを考えさせる女だ」


そう言いながらも、彼の口元には微かな笑みが浮かんでいた。


冷たい氷の中に、確かな温もりが宿り始める――それは、二人の心が触れ合い、真実の愛が芽生える瞬間だった。



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