第四章:揺るがぬ誓い
4-1 未来への約束
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ヴィンセントとの心の距離が縮まり始め、アリエッタは少しずつ公爵邸での生活に馴染んでいた。冷たい氷のような彼の態度の裏に隠れた優しさに触れるたび、アリエッタの中に芽生えた彼への想いは、日増しに大きくなっていった。
そんなある日、ヴィンセントが公務のため数日間、公爵邸を離れることになった。邸内に彼の姿がないだけで、アリエッタの心にはぽっかりと穴が開いたような寂しさが広がる。
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「公爵様は、いつお戻りになるのでしょうか?」
アリエッタは不安げに尋ねながら、広間で書類をまとめる筆頭侍女リリアに声をかけた。リリアは微笑みながら答える。
「ヴィンセント様は王都での会議に出席されておりますので、三日後にはお戻りになるかと」
「三日後……」
アリエッタは小さく息を吐き、胸元を押さえた。わずか三日だというのに、彼がいない邸内はどこか冷たく感じる。
(今までは当たり前だったのに……どうしてこんなにも寂しいのかしら)
彼女の心は次第にヴィンセントの存在に強く依存しつつあることに、アリエッタ自身も気づき始めていた。
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その夜、アリエッタは自室の窓辺に座り、月明かりに照らされた庭をぼんやりと眺めていた。白い花々が夜風に揺れ、静かな庭にはいつもの温かみが欠けているように感じる。
「公爵様……」
小さな呟きが自然と零れる。彼の金色の瞳、冷たくも確かな言葉、そして彼が見せた小さな優しさが、何度も彼女の頭の中を巡った。
その時、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「失礼いたします、アリエッタ様」
「リリア? どうしたの?」
リリアが部屋に入ってくると、彼女は手に一通の手紙を持っていた。リリアは少し微笑みながら、その手紙をアリエッタに差し出す。
「こちら、公爵様からでございます」
「公爵様から……?」
驚きと戸惑いを隠しきれずに、アリエッタは震える手で封を切った。美しい筆跡で綴られた手紙には、たった数行の言葉が並んでいた。
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『今夜は冷える。風邪を引くな。
戻ったら、話がある――ヴィンセント』
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その短い言葉に、アリエッタの目から思わず涙がこぼれそうになった。
彼の素っ気ない文字の中には、彼なりの優しさが確かに詰まっている。
「……公爵様」
その名前を口にしただけで、彼が傍にいるような気がした。風邪を引くな――それだけの言葉に、どれほど彼が自分を気遣ってくれているのかが分かる。
(話がある、って……なんだろう)
少し不安と期待が入り混じりながら、アリエッタはそっと手紙を胸に抱きしめた。
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そして三日後――。
ヴィンセントが公務から戻る日、アリエッタは朝からそわそわと落ち着かなかった。広間の大時計がいつもより遅く感じられる。
「……もうすぐ、公爵様が戻られるわ」
彼に会えるというだけで、心が高鳴る。いつの間にか、彼の存在が自分にとってかけがえのないものになっていることを、アリエッタは実感していた。
昼過ぎ、公爵邸の門が開き、ヴィンセントが乗った馬車がゆっくりと入ってきた。玄関前で待っていたアリエッタは、彼の姿を見つけると自然と駆け寄った。
「公爵様、お帰りなさいませ!」
ヴィンセントは馬車を降り、アリエッタを一瞥した。その金色の瞳には、いつもより柔らかな光が宿っている。
「ああ、戻った」
彼の短い言葉に、アリエッタの胸は温かさで満たされた。
「公務、お疲れ様でした。お食事の準備が整っています。少しお休みになりますか?」
「その前に……お前に話がある」
ヴィンセントの言葉に、アリエッタは驚き、少し頬を赤くした。手紙に書かれていた「話がある」という言葉が、ようやく現実になる瞬間だ。
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二人は邸宅の書斎に向かい、ヴィンセントはアリエッタをソファに座らせた。自分も向かいに座り、少しだけ沈黙が流れる。
「……公爵様?」
アリエッタが恐る恐る声をかけると、ヴィンセントはゆっくりと口を開いた。
「お前がここに来てから、私の生活は変わった」
その言葉に、アリエッタの胸が高鳴る。
「最初は……ただの政略結婚だと思っていた。しかし、今は違う」
ヴィンセントはアリエッタを真っ直ぐに見つめる。その金色の瞳は、いつもの冷たさを帯びていない。
「お前は、私にとって必要な存在だ。これからもずっと、私の隣にいてほしい」
その言葉に、アリエッタの目には涙が溢れた。彼の不器用ながらも真っ直ぐな想いが、心に深く届いたからだ。
「公爵様……ありがとうございます。私も……私も、公爵様のそばにいたいです」
涙を拭いながら笑顔を見せるアリエッタに、ヴィンセントは静かに頷いた。そして、彼は立ち上がり、彼女の手をそっと取った。
「これは私の誓いだ。誰にもお前を傷つけさせない」
その強い言葉に、アリエッタは彼を信じることを改めて誓った。
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その夜、窓の外には満月が輝き、庭の白い花々が静かに揺れていた。
ふたりの心は確かに結ばれ、冷たい氷の中に温かな光が灯る――それは、揺るがぬ未来への約束だった。