第四章:揺るがぬ誓い
4-3 試される愛
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フランツ・ハーデン侯爵の言葉を受け、アリエッタは静かにお茶会に臨むことを決めた。その挑発的な態度が何を意図しているのかは分からないが、彼女の中には揺るがぬ決意があった。
(私は、公爵様の妻だもの。誰が何を言おうと、私の誇りとこの気持ちは揺るがないわ)
お茶会は公爵邸の庭園の一角に設けられた。昼下がりの柔らかな陽光が白いテーブルクロスに反射し、用意されたお茶と菓子が美しく並んでいる。アリエッタは落ち着いた笑みを浮かべ、フランツの向かいに座った。
「お招きありがとうございます、ハーデン侯爵」
「いえいえ、公爵夫人とこうしてお話しできる機会をいただけるとは光栄ですよ」
フランツは優雅な笑みを浮かべたまま、青い瞳を細めてアリエッタを見つめた。その視線はどこか試すようで、彼女を値踏みしているように感じる。
(彼は私がどんな反応をするか、見極めようとしているのね)
アリエッタは心の中で息を整えながら、微笑みを崩さずにお茶に口をつけた。
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「公爵夫人、ここだけの話ですが……ヴィンセントが貴女を本当に愛していると思いますか?」
突然の問いかけに、アリエッタの手が一瞬止まる。だがすぐに冷静さを取り戻し、フランツの目を真っ直ぐに見つめた。
「もちろんです。公爵様は私を守り、信じてくださっています」
「ほう、信じている、と」
フランツは興味深そうに顎に手を当てる。そして、わざとらしく笑みを浮かべて続けた。
「しかし、公爵は氷のような男です。これまで多くの者が彼に近づこうとしましたが、誰も彼の心に触れることはできなかった」
「……」
「そんなヴィンセントが貴女に心を開いたと、本当に思いますか?」
その言葉はまるで鋭い刃のようだった。アリエッタの胸の奥に小さな痛みが走る。しかし、彼女は負けなかった。そっとカップを置き、静かに口を開いた。
「ハーデン侯爵、確かに公爵様は他人に心を見せることが少ないお方です。でも、それは彼が弱いからではありません」
「ほう?」
「公爵様は、大切なものを守るために強くあろうとしているのです。私には分かります――彼の言葉や行動のひとつひとつが、不器用な優しさだということが」
アリエッタの言葉に、フランツの笑みが僅かに消えた。彼女は続ける。
「私が公爵様を信じるのは、彼が誰よりも誠実で、私に嘘をつかない方だからです。愛とは、目に見えるものではなく、信じることから始まるのではないでしょうか?」
その堂々とした言葉に、フランツはしばし沈黙する。やがて、彼はふっと笑い出した。
「公爵夫人、貴女はなかなか面白い人だ」
「……?」
「なるほど、ヴィンセントが貴女を選んだ理由が少し分かりましたよ」
フランツは青い瞳を細め、少しだけ柔らかい表情を見せた。先ほどまでの挑発的な態度は少し和らぎ、どこか興味深そうな視線に変わっている。
「だが、貴女の言葉が真実かどうか――それを決めるのは私ではない。ヴィンセント自身だ」
彼はそう言い残すと、ゆっくりと立ち上がった。
「お茶会、楽しかったですよ。公爵夫人。またお会いしましょう」
アリエッタはフランツの去る背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
(……彼は一体、何がしたかったのかしら)
フランツの言葉には何か深い意味があったように思えるが、アリエッタにはそれがまだ分からなかった。
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その夜、ヴィンセントは書斎で静かに本を読んでいた。そこへ、アリエッタがそっと扉を叩き、入室した。
「公爵様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、座れ」
アリエッタは彼の向かいに座り、少し迷った後に口を開いた。
「今日、ハーデン侯爵とお茶会をしました」
「……あいつが何か言ったのか?」
ヴィンセントの声にはわずかな苛立ちが滲んでいた。アリエッタは小さく頷き、続ける。
「彼は……公爵様が私を本当に愛しているのか、と尋ねました」
ヴィンセントの金色の瞳が鋭く光る。
「くだらん」
「でも、私は答えました。公爵様が私を信じてくださっていること、そして私も公爵様を信じていることを」
その言葉に、ヴィンセントの表情がわずかに緩んだ。
「お前は……本当に不思議な女だな」
「そうでしょうか?」
「フランツのような男に何を言われようと、お前は揺るがない」
ヴィンセントは立ち上がり、ゆっくりとアリエッタの前に立った。そして、彼女の手を取り、静かに囁く。
「私が言ったことを忘れるな。お前は私の妻だ。誰が何と言おうと、それが事実だ」
その力強い言葉に、アリエッタの心は温かさで満たされた。
「はい、公爵様。私はずっと、あなたのそばにいます」
アリエッタの瞳に映るヴィンセントの姿は、もう氷の公爵ではなかった。その金色の瞳は静かに彼女を見つめ、確かな愛を宿していた。
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その夜、二人は初めて心を通わせることができたように感じた。
試される愛の中で、二人の絆はさらに強くなり、揺るがぬ誓いへと変わり始めていた――。