第四章:揺るがぬ誓い
4-4 未来を共に
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ハーデン侯爵との一件から数日が経ち、公爵邸には再び穏やかな日常が戻っていた。フランツが最後に残した言葉――「真実を決めるのはヴィンセント自身だ」――は、アリエッタの心に小さな余韻を残していた。
(公爵様が私をどう思っているのか……もう、私の心は決まっているのに)
ヴィンセントは変わらず淡々と日々の公務をこなしているが、その姿を遠目に見ているだけでも、アリエッタの胸は温かく、そして少し切なくなる。
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その夜、アリエッタは寝付けずにいた。窓の外には満月が浮かび、静寂の中で庭の白い花が月明かりに照らされている。ふと風が吹き、窓から冷たい空気が流れ込む。
「……少し、外に出ようかしら」
彼女は静かに部屋を出て、廊下を歩き、庭へと向かった。冬の冷たい空気が肌を刺すが、心は落ち着いていた。白い花の咲く場所へたどり着くと、そこにはすでに見慣れた後ろ姿があった。
「公爵様……?」
振り返ったヴィンセントは驚いた様子もなく、ただ静かに彼女を見つめる。
「お前か。こんな時間にどうした」
「……眠れなくて、つい外に出てしまいました」
ヴィンセントは小さくため息をつき、彼女の隣に立つよう手招きした。
「風邪を引くぞ」
「公爵様こそ、どうしてこんな夜更けにここに?」
アリエッタが問いかけると、ヴィンセントは月を見上げながら、静かに答えた。
「昔から……この場所に来ると、落ち着くからだ」
その言葉に、アリエッタもそっと白い花を見つめる。二人の間にしばらく静寂が流れ、月明かりが静かに二人を照らす。
「公爵様……私、ずっと考えていました」
「何をだ」
「私にとって、公爵様がどれほど大切な方なのか――」
ヴィンセントの瞳がわずかに揺れたのを、アリエッタは見逃さなかった。彼女は続ける。
「最初はただの政略結婚で、このお屋敷で生きていくだけだと思っていました。でも、公爵様と過ごすうちに、私は気づいたのです」
「何にだ」
「……私は、公爵様をお慕いしています」
その言葉が夜の冷たい空気に溶ける。アリエッタは震える声で続けた。
「どれほど冷たく見えても、その裏にある優しさと誠実さを知っています。だからこそ……私は、ずっと公爵様のそばにいたい」
ヴィンセントは目を細め、彼女の言葉を静かに受け止める。そして、数秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、人を信じることができない男だ」
「……」
「過去に裏切られ、失い、それでもこの地を守るためだけに生きてきた。だからこそ、お前がここに来た時、どうしても信じられなかった」
「……公爵様」
「だが――」
ヴィンセントはアリエッタを真っ直ぐに見つめ、その金色の瞳に揺るがぬ光を宿す。
「今は違う。お前だけは、私の孤独を溶かしてくれた」
アリエッタの目に涙が滲む。彼の言葉が、彼の心の真実が、まっすぐに胸に届いたからだ。
「私は不器用だが……お前と共に生きることを望んでいる。これから先、どんな困難があろうと、私はお前を守る」
彼はゆっくりとアリエッタの手を取り、そっと彼女の指に口づけを落とした。その仕草は紳士的でありながら、彼の強い決意を感じさせた。
「公爵様……!」
涙が頬を伝い、アリエッタはその場に立ち尽くしたまま微笑んだ。彼が、自分だけを見つめ、確かな言葉で未来を約束してくれたことが、何よりも嬉しかった。
「私も……ずっと、公爵様のおそばにいます。これから先、何があっても」
彼女の言葉に、ヴィンセントは僅かに微笑んだ。その笑みは彼が初めて見せた、氷を溶かすような温かい表情だった。
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それから数日後、公爵邸には春の訪れを告げる穏やかな陽が差していた。庭の白い花々はさらに美しく咲き誇り、アリエッタはその中をゆっくりと歩いていた。
「アリエッタ」
背後からヴィンセントの声が聞こえる。振り向くと、彼はいつも通りの冷静な表情で立っていたが、その瞳には確かな温かさが宿っている。
「……どうされましたか、公爵様?」
「来い」
ヴィンセントが手を差し出し、アリエッタは驚きながらも、その手を取った。二人はゆっくりと庭を歩き、彼が口を開いた。
「お前がここにいてくれて、良かった」
その言葉に、アリエッタの頬が赤く染まる。
「私も……公爵様に出会えて、本当に幸せです」
手を繋ぎながら歩く二人の姿を、花々が静かに見守っていた。
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冷たい氷の中に灯った温もりは、確かな愛となり、二人の未来を照らす――。それは、揺るがぬ誓いとともに紡がれた、新たな始まりの物語だった。