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5-3 戦場の邂逅

第五章:永遠の誓い


5-3 戦場の邂逅



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前線に向かう道のりは過酷だった。冷たい北風がアリエッタの頬を刺し、雪混じりの風が視界を遮る。馬を走らせながらも、彼女の心はただ一つの願いだけを繰り返していた。


(どうか、公爵様が無事でありますように――)


彼の「必ず戻る」という約束を信じながらも、不安は消えない。遠くに聞こえる金属音と低い怒声が、戦場が近いことを知らせていた。



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やがて、アリエッタが護衛の騎士と共に到着した場所は、まさに戦の最前線だった。広がる荒野には、剣と盾を手にした兵士たちが一進一退の攻防を繰り広げている。敵軍は多く、その勢いに押されつつある味方の姿が目に飛び込んだ。


「公爵様はどこに……!」


アリエッタは焦りとともに視線を彷徨わせる。その時、遠くに見えた一人の騎士――白銀の鎧に身を包み、金色の瞳を輝かせながら剣を振るう姿。


「……公爵様!」


アリエッタの声は風に掻き消されそうになるが、確かにそれはヴィンセントだった。彼は少数の精鋭部隊を率い、敵の包囲網を突破しようとしている。威厳と冷徹さを持ち合わせた彼の指揮は見事で、兵士たちは彼を中心に戦意を奮い立たせていた。


だが――。


(あれは……!)


敵の別働隊が、ヴィンセントの背後から密かに迫っているのが見えた。彼は前方の敵に集中しており、後方の危険に気づいていない。


「危ない! 公爵様――!」


アリエッタは咄嗟に叫び、護衛の騎士を振り返った。


「私を公爵様の元へ連れて行って!」


「しかし、アリエッタ様――!」


「お願いします! 私が行かなくては!」


その強い決意に、騎士は頷き、彼女を馬に乗せて駆け出した。彼女の心臓は激しく打ち、視界はただ一人の男――ヴィンセントだけを捉えている。



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「ヴィンセント様!」


彼の背後に迫る敵兵の槍が振り下ろされようとしたその瞬間――。


「公爵様、伏せてください!」


アリエッタの声と同時に、彼女が駆け寄った馬上から石つぶてを投げつけた。それは奇跡的に敵兵の兜に当たり、その攻撃を一瞬遅らせる。


「何をしている!?」


ヴィンセントが振り向き、驚愕の表情を浮かべた。しかしその刹那、彼は即座に状況を理解し、背後に剣を振り下ろし、敵兵を一閃する。


「お前、なぜここに――!」


戦いがひと段落した瞬間、ヴィンセントは怒りを滲ませながらアリエッタに詰め寄った。彼の鎧には血と泥が跳ね、戦場の厳しさを物語っている。


「どうしてここに来た! 言ったはずだ、待っていろと!」


アリエッタは息を切らしながらも、ヴィンセントを真っ直ぐに見つめた。


「だって……! あなたが危険だと聞いて、黙ってなんていられなかったのです!」


「だからといって、お前が来る理由にはならん!」


「なります!」


ヴィンセントの怒りを含んだ声に、アリエッタも負けずに声を張り上げる。


「私はあなたの妻です。公爵様がどれほど強くても、たった一人で戦うことがどれだけ辛いか、私には分かります!」


「……!」


「私はあなたを守りたかった。ただの足手まといだとしても、私はあなたのそばにいたいのです!」


涙が彼女の瞳に浮かぶ。それでも、彼女の声は強く、揺るがなかった。


「あなたに何かあれば、私の心は壊れてしまう。だから、ここに来ました。あなたの無事を確かめるために……」


アリエッタの言葉に、ヴィンセントはしばらく言葉を失った。そして、ゆっくりと息を吐き出し、金色の瞳で彼女を見つめる。


「お前という女は……」


ヴィンセントは鎧に汚れた手で彼女の頬をそっと撫でた。その手は冷たく硬いが、彼の表情にはこれまで見せたことのない温かさが宿っていた。


「お前が無事で良かった」


その一言が、アリエッタの胸に深く染み渡る。


「公爵様……」


「もう少しでこの戦いも終わる。だから、お前は安全な場所に――」


「いいえ」


アリエッタは首を振り、彼の手を握り締めた。


「私はここにいます。あなたのそばで、最後まで」


その言葉に、ヴィンセントの瞳が静かに揺れた。そして、彼は小さく笑う。


「……分かった。だが、絶対に無理はするな」


「はい、公爵様」


その瞬間、二人の間には戦場の喧騒を忘れるほどの静けさが流れた。お互いの手の温もりが、心に刻まれた誓いを確かに伝えていた。



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その後、ヴィンセントの指揮によって戦況は好転し、ついに敵軍は撤退を余儀なくされた。戦いが終わり、夜が訪れた頃――。


ヴィンセントはアリエッタと共に月明かりの下に立ち、静かに言った。


「お前のおかげで、私は生き延びた」


「いいえ。公爵様の強さがあったからこそ、です」


「だが、もうお前に無茶はさせない。お前は……私にとって何よりも大切な存在だから」


その言葉に、アリエッタの目から涙が零れる。彼の不器用な告白が、彼女の心を温かく満たした。


「私も、公爵様のそばにいられるなら、それだけで幸せです」


ヴィンセントは彼女をそっと抱き寄せ、夜の静けさの中で二人の影が一つになった。



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戦いの中で交わされた愛の誓いは、何よりも強く、二人の未来を照らす光となった――。



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