目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 テストという名の非戦闘訓練開始

まぶしい朝の光で目が覚めた瞬間、首筋と肩に鈍い痛みが残っているのを感じた。


(……寝落ちしたか、机で)


昨日の夜、ノートに向かって最後の気力を振り絞っていた記憶はある。あれだけノートに向かっていたのに、結局最後は文字のうえに顔を突っ伏して眠っていたらしい。 ノートの端にはうっすらとよだれの跡。乾いたインクがにじんでいるのが、なんとも物悲しい。


制服に袖を通しながら、乱れた字で埋まったページをぱらぱらとめくった。 文字は斜め、線は歪み、気合だけで書いたような問題の解答たち。


(……よくここまでやったな、私)


転校してきてまだ二日目。 今日は火曜日。昨日の自己紹介から一夜明けて、いきなりの“試験日”。 何もかもが初めて尽くしで、余裕なんてあるはずもない。


(今日もまた何かと戦わされるんだな……)


ふらつきながら校門をくぐると、清掃当番の生徒が落ち葉を掃いていた。 その日常の光景がやけに穏やかで、逆に腹立った。


教室に入ると、すでに何人かの生徒が席に着いていた。 前列らへんで友達と話してた結城が、会話を切り上げてすぐにこちらに手を振りながら、やってきた。


彼女とは、初日の席が隣だった縁で自然と話すようになった。距離感が近いわりに悪意がないその感じが、かえって疲れない。ほどよく放っておいてくれる。俺にとっては貴重なタイプだった。


「おはよう、紫音ちゃん。顔、ちょっとしんでるけど大丈夫?」

「……まあ、なんとか」

「もしかして徹夜したの? うそ、ほんとに?」

「寝た、はず。たぶん。途中の記憶がないだけ」

「うわ、それ寝てないやつ! せめて昼休みはちゃんと食べなよ?」

「……甘いものが欲しい、かも?」

「購買ダッシュ決定だね!」


席に着くと、黒板の右端に「学力確認テスト」の文字が大きく書かれていた。 白いチョークの線がやけに鋭く見える。


(うわ、ほんとにやるんだ。……当たり前か)


午前中いっぱいを使って行われる三教科の実力確認テスト。 まさか転校2日目でフルセットをやらされるとは思っていなかった。


チャイムが鳴ると同時に先生が入ってきて、教室は一気に静まり返った。


「それでは予定通り、1時間目は学力確認テストを行います。転校したばかりの瀬名さんも、もちろん参加です」

「……はい」


声を出すのが少し遅れてしまった。

 手元に配られたテスト用紙は三教科分まとめられていた。 分厚くて、持った瞬間に心が折れそうになる。


(これ、何ページあるんだ……)


「それでは、始めてください」


先生の合図と共に、冊子になっている問題用紙を開ける。


開始から20分。すでに目がかすんできた。


(あれ……この漢字、滲んで見える……?)


焦点が合わず、ペン先の動きが止まる。 眠気がじわじわと襲ってくる。


(だめだ、寝るな……ここで沈んだら終わる……)


頬をペンでつつき、必死に意識を繋ぎとめる。

国語。長文読解。筆者の心情。登場人物の関係性。


(いや……知らん……どうしてこの主人公、そんなことで泣くんだ……?)


次、数学。 「5人の友達が旅行に行き、AはXキロの荷物を持ち、Bは──」


(そんなに仲いいのか……友達ってやつは……)


さらに英語。 友達5人の旅行。荷物の重さの計算。


(また友情か。どんだけ友情って大事なんだこの世界)


隣を見ると、白雪紗月が背筋を伸ばしたまま淡々とマークシートを塗っていた。 その手の動きは一定で、まるで呼吸のように自然だった。


(あの人、たぶんミスとかしないタイプだ)


彼女の視線はこちらには向かない。 でも、なんとなく感じる“見られている”気配。 いや、気のせいだ。 気のせい、で済ませる。でも、なぜか感じる“気配”。


「終わったああああ……」

「紫音ちゃん、生きてる?」

「かろうじて、ね……魂だけ先に帰ったかも」

「やめてよ、怖いこと言わないで」

「でもまあ、鉛筆は2本折ったし……戦果はそれなり」

「それ戦果じゃないから。消耗だよ、それ」

「……うん、否定できない」

「あはは、おつかれ。購買行く?」

「うん……糖分……欲しい……」


廊下に出ると、購買の前はすでに列ができて混んでいた。 みんな元気にパン争奪戦をしてる。


(すごい並んでるな.......。どんだけ時間かかるんだ?)


なんとか手に入れたチョコデニッシュを一口。


「うっ……甘っ……」

「えー、美味しいじゃん!」

「いや、美味しいけど……胃が驚いてる……」

「ていうかさ、紗月ちゃん、テストすごかったね。静かに早かった」

「うん……そうだね」

「終わったあと、紫音ちゃんのこと、ちょっと見てたよ?」

「……そうなんだ」


(別に……どうでもいい)



紗月がこっちを見ていたとしても、どうでもいいし。 大体、気にされる理由もないし、俺が気にする義理もない。それに 別に話したいとも思わないし、仲良くなりたいとも思わない。 向こうがどう思っていようが関係ない。俺は、俺のやることをやるだけだ。


火曜日。転校2日目。テストという名の非戦闘訓練を、俺はどうにか終えた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?