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第4話 板野賢治さん。あなたを「ブレドストン王国」へ転生させます

 元の世界に生き返らせるより、異世界転生のほうが楽だとはな……。

 しかも、どんな世界に転生するか、俺の希望まできいてくれるという。


 これはある意味ラッキーだったのでは?

 石野のじいさんに感謝をするべきか。電柱にしがみついていたところをチラ見しただけで、顔すらまともに知らないが。


『いくつかご希望の条件をおっしゃってください。すべて叶えることはできないかもしれませんが、なるべく近い世界を選びたいと思います』


 女神が、奥の棚から何冊かの本を取り出して、中身を確認しだす。

 装丁がさっきの『人間の生涯を綴った書物』に似ているから、おそらく別の世界に関するなんらかの情報が書かれた本なのだろうな。


 うむ。さっきまでの態度とは打って変わって、なんだかとても頼もしい気がする。


「そうだな~。せっかくだから、剣と魔法の世界が良いな。魔法ってやつを見るのがある意味夢だよな。でもなるべく平和な感じの世界な。戦いに巻き込まれてすぐ死ぬのは勘弁願いたい……」


 多少のファンタジー感がほしい。


『なるほどなるほど。他にはありますか?』


「文明レベルがあまり高過ぎず、俺の持っている知識で無双できる感じの?」


 マヨネーズを作って大儲けできたら最高だな。

 目指せ、異世界スローライフ!


『はいはい。文明レベルが少し低め、と。他にはありますか?』


「まだ希望を出しても良いのか?」


『ええ、まだ大丈夫です。今出てきた程度の希望であれば、まだまだ候補がたくさんあるので、もっと絞り込みたいです』


 女神、満面の笑み。

 異世界転生の候補ってそんなにあるのか。異世界の数、すげぇな。


「それじゃあ、チートスキルなんてのももらえたりするとうれしいかなーとか? これはさすがに無理か?」


『いえいえ、いけますよ~。どんなスキルかは、転生してからのお楽しみということになりますが、それでも良ろしければ~』


「ぜんぜん良いよ! おー、マジか。俺も夢のチートスキル持ちに!」


 これは完全に元の世界への生き返りを超えたな!

 石野のじいさんありがとう!


『今いただいた条件にピッタリの世界が1つ見つかりました。転生先は一般家庭ですが大丈夫でしょうか?』


「一般家庭? 一般じゃないとどうなるんだ?」


『え~と、剣と魔法の世界がご希望ということでしたので、第1候補の転生先は「ブレドストン王国」というところになりまして、王国ですので王様がいる世界ですね』


「おー、王国騎士団とかあるのか?」


『ありますあります。貴族階級もあります。しかし板野さんが転生するのは、一般家庭でして、商人の家になります』


「そういう意味の一般ね。めちゃくちゃ貧乏とかでなければ良いのでは?」


 貧乏で苦労するのはヤバそう。

 最悪食うものに困って餓死するまであるからな。


『この世界では、むしろ裕福な部類ですね。ご両親となる予定の人物の商人としての腕は確かで、かなり儲けているようですし』


「やったぜ。そんな家で暮らせるなら願ったり叶ったりだ!」


 ありがとう、異世界転生!

 俺も商人になるべく、いろいろ教えてもらおう。


「あ、そうだ。一応確認なんだが、言葉は通じるのか?」


 異世界転生のお約束だとなぜか日本語が通じるパターンなわけだが、必ずしもそうとは限らないしな。


『言葉が通じるのがお好みですか。わかりました。調整しておきます』


「お、おう。頼むわ!」


 確認しておいて良かった……。

 危なく言葉が通じない世界に放り出されるところだったわ……。


 ちょっと不安になってきたな。


「空気は普通に吸えるんだよな……?」


『どういう意味ですか?』


「ほら、酸素を吸って二酸化炭素を吐く、みたいな。木が光合成して酸素を作っているとか、そういう常識は通じるのかなと……」


 そこの根底が違うと、現代の知識無双どころの話じゃなくなるわけで。


『良かったですね。今候補に挙げている「ブレドストン王国」は、板野さんのいらっしゃった「地球」と大気の状態や気候、生態系などはほとんど変わりません』


「それは助かる!」


『まあ大きく違ったとしてもそんなに問題はないんですけどね』


 女神が本で顔を隠しながら苦笑した。


「そうなのか?」


『ええ。だって転生するのはその転生先の生物の体ですから、その体は現地の気候に適応しているに決まっているじゃないですかぁ』


「そりゃそうか。俺が俺の記憶を持ってその土地、そこに住む誰かに転生するだけだもんな」


『はい、そうです。ということは記憶の持ち込みも希望されますか?』


「それはもちろんだろ! 記憶がなかったら何もできないじゃないか」


『なるほど。記憶の持ち込み希望、と』


 本にメモ書きを追加する。


 コイツ、マジで大丈夫か?

 決定的なところでポンコツな気がしてならないんだが……。


「一応確認なんだが、『ブレドストン王国』は剣と魔法の世界で、地球とほぼ同じような世界だが、地球よりは少し文明レベルが低めになっている。俺は商人の家に転生し、チートスキルがもらえる。これで合っているか?」


『はい、まさにその通りです。ご希望通りの転生先があって良かったです!』


 女神は本をパタンと閉じ、満足そうに頷いた。


「たしかに希望通りだ……」


 だが言葉にできない不安が過るのはなぜだろうか……。


『それではササっと転生の儀式を済ませてしまいましょうか』


 女神が光り輝く棒を取り出し、俺の頭の上にかざしてくる。


「えっ、もうやるのか⁉」


 早くない? 突発的な異世界転生だし、関係各所への根回しや上司への許可なんかは大丈夫なのか?


『は、早いほうが良いと思います!』


 なんだか妙に焦ってやがるな……。

 怪しい……。


 チラチラ。


『も、もうそろそろ、上司のお昼休憩が終わってしまうので……』


「お前……さっさと俺を転生させてこの不祥事をもみ消すつもりだな?」


 やっぱりそんなことだろうと思ったわ!


『すみませんすみません! でも、転生先はホントですから! 私の権限の範囲内でキャンセル待ちの物件を持つことを許されているんです! だから何も違反はしてませんから!』


「……ホントか?」


『はい! 女神に誓ってホントです!』


 おまっ、自分に誓うなよ……。


「まあわかったよ。上司とやらが昼休憩から帰ってきてチートスキルがもらえなくなっても困るし、転生の儀式とやらをやっちゃってくれ!」


『お気遣いいただきありがとうございます! さっそく始めますね』


 深々と頭を下げてくる。


 いや、別に気を使ったわけでは……。俺のメリットのほうが大きいかなと。


『板野賢治さん。あなたを「ブレドストン王国」へ転生させます』


 女神のかざす棒が、一段と光を増す。

 あまりのまぶしさに思わず目をつぶってしまった。


『そうだ、板野さん』


 何かを思い出したように呼び掛けてくる。


「なんだ? 何か大事なことを忘れていたとか⁉」


 片目を開けて確認してみる。

 女神は焦った様子もなく、にこやかに微笑んでいた。


『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ~。ついでと言っては何ですが、私のほうから1つサービスしておきましたよ』


「サービス?」


『初恋がまだの板野さんに特別サービスです。たくさんの女の子に好かれるように、ハーレム属性を付与しておきましたよ~。今度はたくさん恋をしてくださいね~』


「おまっ! 初恋がまだとか勝手に決めつけるな!」


 それはあの紙に書いていなかっただけだろ!

 俺だって初恋くらい……くらい……アニメキャラも初恋にカウントして良いんですかね?


「まあいいや! 助かる! 俺、新しい世界でがんばるよ!」


『それでは、いってらっしゃいませ。新しい人生が板野さんにとって良いものになりますように。女神の祝福を』


 女神のかざす棒から発せられる強い光に包まれ、目の前が真っ白になる。

 俺はその光に抗うことなく意識を手放した。



…………


………


……





「おめでとうございます。元気なお子さんですよ」


 寒い。

 周りがぼんやりとしか見えない。


「……ありがとう、ああ、あなたが私たちの子なのね」


 ああ、ほんのり温かい。

 それになんだか安心するニオイだ。


「奥様に抱かれたらすぐに泣き止みましたね。私、旦那様を呼んでまいります」


 パタパタという足音とともに遠ざかっていく声。


「私たちのかわいい子。……どうしたのかしら。顔をこすりつけてきて……お腹が空いているのかしら?」


 ああ、このニオイ、とても落ち着く……。


「おお、産まれたか! でかしたぞ、カリナ!」


「あなた、興奮しすぎです。この子が起きてしまいますわ」


 起きているよ。

 って、俺はもしかして赤ん坊、なのか……?


『はい、板野さんは出産直前の胎児への転生を果たしました。ああ、もう板野さんではありませんね』


 おお、女神。

 さっきはありがとうな。

 しかしあれだ。転生しても話ができるんだな。


『急ごしらえの転生の儀式でしたので、少し心配で様子を……』


 おい、やっぱり不安があったんじゃねぇか。


『でも無事に成功しましたよ? この世界のことはおいおい説明していきますが、板野さんはフィルズストン商会のケネルさん、カリナさんの第一子として産まれました。新生児ですので、当然言葉をしゃべったりすることはできません』


 そこは普通の赤ん坊なんだな。


『はい。人の子としての成長をお楽しみください。なお、チートスキルはまちがいなく付与されていることを確認しましたが、これも体の成長と魔力量の増加によって使用可能になるものなので、スキルが使用できるようになるまで、今しばらくお待ちください』


 理解した。

 ということはつまり、今はどうすれば良いんだ……?


『新生児がすることと言えば、母親のお乳を飲むのが仕事ではないかと』


 マジで。

 良いの? 捕まらない?


『板野さん。もうあなたは板野賢治さんではありませんよ。この世界で新たに命を授かった――』


「この子の名前はコハクだ!」


 興奮気味に話す男――俺の新しい父・ケネルの声だ。


『コハク=フィルズストン。それがあなたの新しい名前です』


 コハク……。

 なんだかずいぶんかわいらしい名前だな?


「良い名前ですね。コハク。すくすくと育ってくださいね」


 新しい母・カリナが俺の頭をやさしく撫でた。


「コハク。カリナ……母さんのような絶世の美女に育つんだぞ」


「あなたったらもう……」


 絶世の……美女……?


『言い忘れていました。とくに性別のご希望がございませんでしたので、ランダム抽選の結果、コハクさんは女の子になりました』


 ランダム抽選⁉

 性別ってそんな適当に決まるの⁉


『良かったですね~。お母さんのカリナさんはとても美人でスタイルも良いですから、将来が楽しみですね♪』


 ね♪ じゃねぇだろ!

 常識的に考えて、元の俺が男なら、転生先も男に決まっているだろ!


『そんなことを後から言われましても……。ご希望はすべてお聞きしましたのに……』


 性別について言及しなかったからか⁉ 俺のせいか⁉ このポンコツ女神に対して、ちゃんと性別のことを言わなかった俺にも落ち度があるか……。


 って待てよ⁉


 お前、最後に付け足したサービスでなんて言ってたっけ?


『初恋がまだでしたので、今度はたくさん恋をしてくださいね~と』


 いや、その間の重要なところ。


『えっと……たくさんの……女の子に……好かれるように属性を付与……しておきました、よ?』


 よ? じゃねえだろ!

 お前、やっぱりやらかしたな?


『なん……のことでしょうか?』


 とぼけるなよ!

 お前、俺を男として転生させるつもりで、『女の子』に好かれるようにしたんだろ。なんで性別をランダム抽選にしてんだよ!


『た、多様性の時代ですし?』


 その言葉は、この世界にも通用するのか?


『さ、さあ?』


 お前……。


『ででででも! この世界にはコハクさんの大好きな獣人たちもいっぱいいますし! 夢のケモミミハーレムを作れちゃうかもしれませんよ!』


 それは……俺の希望じゃねぇよ……。

 ケモミミハーレムは石野のじいさんの好みだろ!


『あっ……』


 あっ、じゃねぇって!

 これどうすんだよ……。


『だ、大丈夫ですって! 裕福な家庭で美人に生まれ育つことが約束されていますし! チートスキルもありますし! 女の子にも好かれますし、ケモミミハーレムも作れますから!』


 何も大丈夫じゃねぇ……。


『でもコハクさんは女の子が好きですよね?』


 まあ、俺は板野賢治としての18年間があるし、普通に心が男だから、ノーマルに女の子が好きではあるが……。


『では何も問題ありませんね♪』


 自分が女になったら、女が好きだとノーマルじゃなくなるだろうが!

 え、もう性別って変えられないの?……産まれちまったし、変えられないか……。


 えー、マジで女として生きていかないといけないのか⁉


『これからも手厚いサポートをしますから大船に乗った気持ちでいてください!』


 泥船の間違いでは……。




 波乱万丈に満ちた、俺……わたし(?)コハク=フィルズストンの人生が幕を開けたのだった。



 いや、すでに後悔しかないんだが⁉

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