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第8話 ヒナさんは高い知能と類まれな魔法センスを持っているからね。その評判が王都にも届いているそうだよ

「おはようございます。えーと、父さんは……今日のお仕事はお休みなの?」


 ひさしぶりに家の中で父さんを見たな。

 んー、肖像画に描かれた父さんよりもだいぶ老けたな……。


 基本的に父さんは大忙しで、家にいることが少ないのだ。

 今日はあっちで取引、明日はそっちで会食。遠くのほうまで商品の買い付けに行って、平気で数カ月帰ってこないこともある。とにかく仕事第一の人だからなあ。


「おはよう、コハク。礼儀正しく挨拶ができて偉いぞ」


 父さんがニコニコしながら頭を撫でてくる。

 いや、もう俺14歳だからね? いつまでも5歳くらいのつもりで接されてもなあ。


 とは思いながらも、あまりにうれしそうにしているので、手を払いのけることもできずにいると――。


「今日はな、コハクにこれを渡そうと思って急いで戻ってきたんだよ」


 父さんが懐から封筒を取り出し、俺に手渡してきた。


 「封筒? 開けても?……えっ、お……わたしが王立ブレドストン魔術学院に⁉」


 中から出てきたのは、王立ブレドストン魔術学院の入学試験の案内と受験票だった。


「ああ、そうだよ。コハクも15になる年だろう? これを機に高等教育を受けるのも良いだろうと思って、私の知り合いに相談していたんだ」


「ででででも! ブレドストン魔術学院って言ったら、貴族御用達の……」


 うちがいくら景気の良い商人の家だとしても、しょせんは平民。

 それが由緒正しい王立の魔術学院の試験を受けるなんて……。案内状の偽造……? まさかね。


「この間コハクが作った『いしゆみ』を預かっただろう? あれを父さんの知り合いに見せたら、えらく感心されてな」


「あー、護身用に試作してみたやつ? 父さんにはバージョンいくつのやつを渡したんだっけ? 最初の頃の試作品はちょっと威力が強すぎて危ないから……。石炭を生成して、ヒナに着火してもらった火石をセットして暴漢を撃退……ってアイディアまでは良かったはずなんだけどね」


 あれは殺傷能力皆無で派手さ重視の武器のはずだったんだよな。理論上は、火石が着弾した時にバーンと派手に火花が散って、相手をひるませた隙に逃げるための武器だったんだけど……。


「いくらやっても2kmくらい先の鉄板に大穴が空いちゃって、どんどん弾のほうを小さくして威力を下げていった結果、最終的には『いしゆみ』じゃなくて、俺……わたしの手の平くらいの大きさのピストルみたいになっちゃったからなあ」


 撃ち出せる石炭も、BB弾くらいの小ささに……。


「ピストルとは何だね?」


「あー、気にしないで!」


 この世界にはまだ火薬も存在しないからな。


「あの小型の『いしゆみ』だが、立派な武器に該当するから、我がフィルズストン商会では取り扱えないのだよ。興味を持ってくれそうな古い友人に見せてみたら、ぜひ学院で取り扱いたいと申し出を受けてな」


 あー、学院に出入りしている武器業者さんかな?

 まあ商人同士のつながりってやつだろうな。


「わたしは別にかまわないけど……あれは試作品だから安全性なんかはしっかりと担保してから使ってほしいかな」


 何発までなら本体が耐えられるのかも検証していないし、ホントに試作品も良いところだからなあ。


「それはコハク、お前が自分で担保すれば良いんだよ」


「わたしが? あー、それで学院の試験を?」


「それもある。だが、そういうことは抜きにして、本気で学院に入学するのも良いんじゃないか?」


 なるほど? 商人の子として、出入りの業者と仲良くして来いって話……ではない?


「コハクの研究熱心なところはとても良いと思う。しかし父さんはお前の独学ではいつか限界が来るのではないかと思っている。コハクには、もっと体系だった勉強をしてほしいんだよ」


「わ、っかりました……。でも、体系だった勉強をするなら、商人の子どもたちが通っている街の学院でも良いのでは? 平民のわたしが貴族の中に混じったら、いろいろと……」


 身分違いを理由に、いじめられちゃうかもしれないし……。ちょっと怖いかも……。


「そこは心配しなくても大丈夫だ。私の古い友人にしっかりと頼んでおいたから、特待生として迎え入れてくれることだろう」


 商人の子が特待生なんて……それこそ余計にいじめられる可能性が……。入学するにしても、悪目立ちしない感じでお願いできませんかね?


「コハクの大好きなヒナさんと一緒に入学試験に臨むと良い」


「えっ、ヒナも⁉」


 どういうことだ……。


「ヒナさんには学院から直々に招待状が届いていると聞いている。ヒナさんは高い知能と類まれな魔法センスを持っているからね。その評判が王都にも届いているそうだよ」


 誰だよ、ソイツ……。

 アイツは火を吹くしか能のない、脳筋ドラゴンハーフだろ……。中身はおっちょこちょいで失敗ばかりしている駄女神だし。


「こんにちは~! 今私の話をしていましたか⁉ ヒナちゃんのかわいいさが王都まで⁉」


 勝手に入ってくるな。お前の家じゃないんだぞ!

 せめてドアをノックしてから入って来い。


「ああ、ヒナさん、よく来たね。こんにちは」


「おじさん、こんにちは~! コハクちゃんも~、こんにちはのチュウ~♡」


「するかっ! 今は取り込み中だ! ややこしくなるから引っ込んでろ!」


 唇を尖らせてキスを迫ってきたヒナの顔を無造作に押しのける。


「あいかわらず2人は仲良しだね。ヒナさんがコハクと一緒に学園に通ってくれるなら、私としてはとても心強いよ。むしろ今回の話は、コハクのほうがヒナさんのコネで試験を受けさせてもらうようなものだからね」


 父さん、それはコイツに騙されていますよ。

 だって普段からトラブルしか持ってこない……。いっつも振り回されてホント迷惑で迷惑で。


「おはようからおやすみまで、私がコハクちゃんにつきっきりでお世話しちゃいます♡ 寮の部屋は1ルームを2人で使いましょうね~♡ ベッドは1つ、枕も1つ♡」


 1ルームって狭いわ! それに枕が1つだったら、縦に重なって寝るしかなくなるだろうが!

 って、寮……? まあそうか、ここから毎日王都にある学院まで通うのは無理か。


「2人ともほぼ入学は決まっているようなものだが、さっき渡した招待状の日程に従って、形だけは入学試験を受けてくるんだよ」


 ははーん! それ、トラブルのフラグだね?

 あれだろ。ヒナが入学試験中に急に暴れ出して、火を吹きまくるパターンのやつだな。入学試験会場を火の海にして、「お前たちなんて誰が入学させるかー!」って、学院を追われて、貴族たちが大騒ぎして、俺たちは国のお尋ね者になって、逃亡生活に突入するパターンだわ。


「いくらなんでもそこまでは……。そんなトラブルを起こしたら、私の査定に響いちゃいますし……」


 左遷されたヤツが査定とか気にするな。

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