悪夢のような入学式から数日。
ヒナはなぜか……クラスメイト達の輪の中心にいた。
なぜだっ⁉
あんな頭のおかしい新入生代表の挨拶をぶちかましたヤツを相手に、どうしてみんな笑って話しかけられるんだ……。俺だったら100%距離を取る。卒業まで話しかけないし、話しかけられたらダッシュで逃げるね。
「コハクちゃ~ん! 殿下がコハクちゃんとエッチなお話をしたいって言っていますよ~!」
ぜ・っ・た・い・に・お・こ・と・わ・り。
王女様相手にエッチな話とか、どんな罰ゲームだよ。
そもそもエッチな話って何だよ……。俺はいったいどんなキャラだと思われているんだ?
「コハクちゃん無視しないで~! こっちこっち~!」
「うるせ……うるさいですわよ」
あぶねぇ。
言葉遣いに気をつけないと粛清される……。粛清されますわ。
「コハクちゃんはね、すっごい女の子キラーなんですよ~。女の子の瞳を5秒間じっと見つめるだけで必ず落とせちゃう、特殊体質なんです♡」
お前が考えなしに付与したハーレム属性のせいでな。
特殊体質でもなんでもねぇ。
あとな、周りの女子たち!
「キャ~」じゃねぇんだわ。めっちゃ期待を込めた目で見てくるのは何で? お前ら……俺に落とされたいの? でもこれ以上教室内で盛り上がるのはやめてくれよな? お前らのさらに外側にいる男子たちの表情って見えるか? 俺にめちゃくちゃ殺意向けてきているのわかる? お前ら女子がヒナに乗せられて「キャッキャ」する度に、男子たちのヘイトが俺に溜まっていく仕組みなんだぜ?
「わ、わたくし、コハク様に見つめられてみたいですわ!」
あのー、ミサリエ王女は、顔を真っ赤にして何をおっしゃっているんですわ? 俺のことが好きなの? それともそういう恋愛関係の話が好きなだけ? 第4王女だからわりと恋愛は自由な感じなんですかね? どっかからか本気で怒られないなら俺は別にかまわないですけどね?
「まずは私が実演してみせますからね。ウソじゃないところを見ていてください!」
なんでだよ。
王女様にやらせてやれよ。
「コハクちゃん、私の瞳だけを見てください。私だけを見て! ほかの子のことは見ないで♡」
めっちゃ真剣な表情かと思いきや、口元が緩みきっているな?
お前……ただ自分がやりたかっただけだろ?
まったく、仕方ないヤツだな……。
「特別だぞ」
そう言ってヒナの正面に立ち、じっと瞳を見つめる。
こんなふうにやっていると、あたかも俺が魔眼持ちみたいに見えるが、一切そんなことはない。実は別に目を見つめないと何かが起きないわけでもないからな。
どうやら俺のハーレム属性ってやつは、相手の女が俺に対してちょっとでも好意を寄せていた場合に、俺が「この子かわいいじゃん」ってポジティブな感情を抱くと発動するらしい。まあ、わりと適当な感じの発動条件だな。
ハーレム属性が発動するとどうなるかというとだな……相手の俺に対する好意が何倍か膨れ上がるんだよ。何倍になるかはその時のシチュエーションとか、相手のコンディションとか、なんかこう……いろいろ条件があるから、実際にどうなるかはやってみないとわからん。
たとえばあまりにも気持ちが膨れ上がり過ぎると――。
「コハクちゃ~~~~~ん! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
こうなることもあってだな……。
「おい、ヒナ! 正気に戻れ!」
ヒナの頬を軽く叩く。
おい、起きろ! 寝ぼけるんじゃない!
「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる前世も来世もずっと一緒にいて私女神なんてやめるもうコハクちゃんのそばから離れないから好き好き愛してる~~~~~~!」
盛ってるんじゃねぇ!
おおい! 俺の顔を嘗め回すな!
涎が臭……くはないな。逆になんか良い匂い……気分も落ち着く……?
何だこれ……。
ドラゴンの涎って何かリラクゼーション効果でもあるのか?
って、なごんでいる場合じゃないな。
周りの俺たちを見る目がすごいことに……。女子たちの期待度が爆上がりで、男子たちの殺意が爆上がりで……なんかもうこの学院に通うの嫌だなあ。
「情熱的……ですわね……。ぜひわたくしもお願いしたい、ですわ」
この惨劇を見て、その感想が抱けるとは……王女殿下もなかなかの胆力をお持ちですわね?
仮ですよ、ミサリエ王女と俺が見つめあって、もしヒナみたいに感情が膨れ上がってこれと同じ醜態を晒したりしたら……社会的にまずくないですか……? あー、そう? それでもやります? 俺が制御できるものでもないので、ホントにどうなっても知りませんからね?
「ミサリエ殿下は、コハクちゃんハーレム入りを希望されているんですよ♡」
「マジで……マジですの?」
「コハクちゃん、『マジ』は丁寧語じゃないです」
丁寧語ムズイ。
「いや、王族の方はちょっと……。なんかあとで揉めて国外追放されて盾の勇者になりたくないので……」
「コハクちゃんは難しく考え過ぎですよ~。学院内でだけのエチエチなお遊びですから、決して王宮には知られませんって♡」
エチエチな遊びって何だよ……。
ツイスターゲームとかか? この世界にあるのか知らんけど。
「あ~、わたくし、コハク様の瞳に酔ってしまいましたわ~」
いや、俺何もしていませんけど?
抱き着いてきて頬にキスの雨……王女殿下ったら、イモ演技のわりに意外と大胆ですわね?
女子たちの黄色い声がより一層高まって……男子たちの歯ぎしりの音もより一層……。今夜あたり嫉妬に狂った男子たちに取り囲まれて、殺されたりしませんよね?
「男子たちに捕まったら、まずは欲望のままにエッチなお仕置きからじゃないでしょうか?」
それも嫌だな。
って、心の声を読んでないで、そんなことになったらお前が火を吐いて助けろよ? お前のせいでこうなっているんだからな?
「コハクちゃん、気づいてました?」
ヒナが周りの女の子たちに聞こえないように耳打ちしてくる。
まあ、ミサリエ王女は俺に抱き着いたままなので聞こえていると思いますけどね?
「ひと際鋭い殺気ですよ。男子たちの輪の外からの」
「あー、あの子な。柱にもたれかかっている青髪のショートカットの。一応気づいているよ」
入学式の時からずっとだしな。
女子なのに俺にめちゃくちゃあからさまな敵意を向けてくるから、ずっと気になっていたんだよな。
えーと、名前は何だっけか?