意気揚々とミサリエ王女が戻ってきた。
「コハクさん、話をつけてまいりましたわ!」
ミサリエ王女は、さっき大変立派な胸をポワンと叩いて出かけていったばかりだ。
入学以来、ずっと俺のことを陰から睨みつけてきている青髪の女の子、ドワーフ族の族長の娘・チカリア=グラニットさんと話をつけに行ってくれたのだった。だったのだが……?
「おかえりなさい? ずいぶん早かったですね。やっぱり何かを誤解していた感じですか?」
ものの5分。いや3分もかからず帰ってきたってことは、すんなり話ができたということかな?
まあ、王女様相手にトラブルを起こそうなんてヤツはそうそういないだろうし、何か俺に対して怒っていたとしても、「王女様に言われたんじゃ仕方ない、許してやるか」的な流れになりそうなものだよな。
「決闘の申し込みを受けてまいりましたわ!」
「そ、そうですか……」
いや、自信満々に言われてもですね……?
考えうる限り、最も拗れた結果を持って帰ってこられたんじゃないでしょうか……。
誰だ、コイツに交渉事を任せたヤツは!
「殿下。もしかしてチカリアさんは……かなり怒ってらっしゃいました?」
ヒナがチカリアさんのほうをチラ見しながら、恐る恐る尋ねる。
怒ってそう! ミサリエ王女が交渉に行く前よりも、さらに険しい表情でこっちを睨んでいらっしゃいますからね……。
「ええ、とても……。コハクさんの名前を出した途端に掴みかかられて……殴られるかと思いましたわ……」
そんなに⁉
ホントに何にも身に覚えがないんですけど⁉
「なるほど……。大変危険な人物のようですね……。コハクちゃんの幼馴染み、兼生涯を誓い合ったパートナーとして、1つご挨拶をしてこようと思います!」
「誰が生涯を誓い合ったパートナーだ?」
ちょっと火魔法が使える……のと、女神データベースにアクセスしていろいろな知識を引き出せるから傍に置いておいてやっているだけだからな? 転生までの流れを許したわけじゃないぞ! そのことを絶対忘れるなよ⁉
「は~い、愛してま~す♡」
ヒナは俺に向かって投げキッスをしてから、スキップでチカリアさんのところに向かった。
ダメだ、まったく話が通じない……。
「仲がよろしい……ですわね。うらやましいですわ……」
ミサリエ王女の思う、仲が良いとは……。
「俺……わたしとヒナは昔からの腐れ縁ってやつですよ。なんていうか、そう……呪いみたいな?」
死亡認定されたし、前世の存在記録を破り捨てられたし、女に転生させられたし、女限定でハーレム属性を付与されたし! 完全に呪いの女神じゃん。
「わたくしには幼馴染みがおりませんの。なんでも言い合える関係の方がいるのはとてもうらやましいですわ」
「なんでも言い合える……まあ、たしかにそれはそうかもしれないな」
ヒナは女神の力で俺の心も読めるしな。なんでも言い合えるというよりは、何も隠し事ができないと言ったほうが正確ではある。
「まああれですよ。俺……わたしとヒナは平民だし、貴族の階級とか、内部で起きるゴタゴタとかはよくわからないんで、ミサリエ殿下さえ良ければ、なんでも愚痴を言ったりしてくれて良いですよ。聞くだけなら聞けますし、そういうのを話す相手もいないから、たぶんどこにも漏れませんし?」
使用人に愚痴を吐き出すみたいな感覚ですかね?
「本当ですか⁉」
「あ、はい……。大丈夫、ですよ……?」
だいぶ前のめりに食いついてきたな。
そんなに言いたい愚痴が溜まっているのか。王族って大変なんだな。
「本当の本当に誰にも言わないでいただけますか……?」
耳元で囁くように内緒話。
「それを聞いたら命を狙われるような、王家の重大な秘密、みたいなのは勘弁してくださいよ? そういうのはさすがに抱えきれないので……」
「ある意味そうかもしれませんわ……」
脅さないでくれよ。
さすがにまた死にたくないから、 命狙われる系だけはNGでお願いしたい!
「ですが、王家の秘密ではなく……わたくし個人の秘密なので、おそらくわたくし以外から命を狙われることはありませんわね」
これを聞いたらミサリエ王女本人から命を狙われるの? 何か笑っているけれど……王女様ジョーク? 本気なのか冗談なのかははっきりさせてね?
「わたくしの秘密を聞いてほしいんですの……」
えっ、この流れでホントに言うんですね⁉
秘密を知っちゃったからって、命を狙うのだけはなしですよ⁉
「わたくし、コハク様のことが好きなんですの」
「え、あ、はい……ありがとうございます?」
わざわざそれを内緒話で?
俺、からかわれているのかな?
「順番を間違えましたわ」
「はぁ……」
何の順番なの。
「わたくし……女性の方が好きなんですの。……いいい言っちゃいましたわっ! 初めて人に言ってしまいましたっ! どうしましょうどうしましょう!」
そ、そうですか……。
テンションめっちゃ上がってステップ踏んでいらっしゃいますけど、周りの方が注目していますわよ?
「……引きましたか?」
我に返って不安になったんですね。
なんかすごく庇護欲を掻き立てられる……。ありです! 完璧にありですね!
「いや、ぜんぜん」
「本当に……?」
「本当に」
「わたくしが女性の方が好きで……コハク様のことが好きだと言っているのに?」
「むしろ光栄ですよ」
ホントにホント。
「俺……わたしも女の人が好きですし?」
まあ、心が男だからっていうのは一旦伏せておこう。
「そうだったのですね! ではヒナ様とのやり取りは本当の本当に⁉」
「あ、いえ、アイツは……たぶん俺に合わせてくれているだけで、たぶんそういうのではないと思うんですよね。俺はまあ、ガチで女性好きですけどね」
ヒナは女神だし、たぶん人間に恋をすることなんてないと思う。
俺の世話をするために、あえてそういうキャラを演じてくれているんだろうなと。たまに本気で俺のハーレム属性に引っ張られておかしくなる時はあるけれど、あれは一時的な発作みたいなものだしな。
「ということは……コハク様には特定のお相手はいらっしゃらないということですの?」
「まあ、そういうことになりますね。残念ながら……」
さすがにねー、事情が事情だけにカミングアウトするのは難しいし、たまにハーレム属性で発作が起きた近所の子と疑似的にちょこっと楽しむくらいで? 言うてもキスどまりですよ。そこはわきまえていますからね!
「本気でお持ち帰りしても大丈夫ですの……?」
「いや、ちょっとそれは……。俺もこの学院で学ぶことを期待されているので……」
申し出はうれしいんですけど、父さんの期待を背負っていますし、学院を卒業する前に王宮に連れていかれると困るんですわ。
「そうなんですのね……。わたくしも学院は卒業したいので、卒業と同時に、というのはいかがでしょうか? それまでは隠れて清い交際を……」
めっちゃグイグイと具体的に話を進めてくるね……。
「すごくうれしいお話なんですけど、卒業後の進路はまだ未定ということで……」
商会を継がないといけないかもしれないし、なんとも……。
いや、ほら……ミサリエ王女とあんなことやこんなことはしたいんだけどさ……相手は王女様だし、慎重に返事をしないと……。
「わたくしは……諦めませんからね!」
ちょっ! 大声でそんな!
「な~に~を~諦めないんですかぁ~?」
タイミング良く? タイミング悪く? ヒナが戻ってきた。
「なんでもありませーん。俺とミサリエ殿下の2人だけの話ですから、ヒナには関係ありませーん」
なんてな。
お前、俺の心の中を読んだ上で、わかって言っているんだろう? ホント良い性格してるよな。
「殿下などと他人行儀な。わたくしのことは『ミサ』とお呼びください。コハク♡」
「さすがに王女様のことを人前で呼び捨てはちょっと……!」
いろいろ勘繰られちゃいますからー!
それにマナー違反で処されたくない!
「デレデレしちゃってもうっ! 仲がよろしいことでっ」
痛ってぇぇぇ!
だから足を踏むなっての!
……それでお前のほうはどうだったんだよ?