チカリアさんは、大変ご立派な胸を強調するように腕を組み、仁王立ちで待っていらっしゃった。
「遅いンよ! チカのことを何時間待たせるンよっ! 足が太くなっちゃったらどうするンよっ!」
チカリアさんは怒っていた。
たとえ怒ったとしても、とってもかわいいたぬき顔だからぜんぜん怖くないのだけどね。
まあでも、控えめにいっても激怒していらっしゃいますね。
俺が遅刻したことに怒り、その怒りに任せて何度も何度も伝説の樹を蹴ったんだろうなあ。
樹の幹には靴の跡がびっしりだった……。
すまんな、伝説の樹よ……何の伝説があるのかは知らんが、お前は悪くないよ……。
なんか今度さ、お詫びに高級そうな肥料でも持ってくるわ。
「あ、わりわり。伝説の樹ってやつがどこかわからなくて……あっちこっち探し回っちまった……」
「コハクちゃん。こんな人に謝る必要ありませんよ。曖昧な場所を指定して、決闘前に私たちに体力を使わせる作戦なんでしょうし。あ~、姑息ですね」
おい、無用な挑発はするなって。
決闘じゃなくて話し合いに来たんだからな?
「それで~、チカリア様はコハク様のことがお好きなんでしょう~?」
「あ、ちょっと!」
ミサリエ王女はホント黙っていて!
だからついてこなくて良いって言ったんですよ!
「だだだだ誰がこんなニヤニヤ顔……すすすすす好きなわけないンよ~~~~~~~!」
チカリアさん、ドモリつつ大絶叫。
あれー? この反応はー?
なんか……もしかして、ホントに俺のことが好きで睨んでいた系? ヒナの勘が当たっている系ですか? ウソでしょ……。
「ここここここれについて訊きたかっただけンよ! これはお前が作ったンよ?」
チカリアさんが見せてきたのは、俺が作った火石をセットして使う小型ピストルだった。小型ピストルというよりも、まだ
大きさ的に見て、かなり初期の頃の試作品だな。
「たしかに俺の試作品だな。これをどこで手に入れたんだ?」
「父上に渡されたンよ。『これを作ったヤツに師事して来い』って言われたンよ……。この学院に入学する同学年のお前に教えを請えと……。これ以上ないほどの屈辱なンよ……死んだほうがマシなんよ……お前が」
なるほどな。なんとなく話が見えてきた。
俺の父さんの古い馴染みっていうのが、チカリアさんの父君、つまりドワーフ族の族長さんってことなんだろうな。
その父君は俺の作った
娘のチカリアさんに「これくらいの武器は作れるようになれよ」なんなら「同級生なんだからちょっと教えてもらえよ」くらいのことを言ったのを、チカリアさんは『師弟関係を結んで教えを乞え』と重く捉えてしまい、父君から称賛されている俺をライバル視した、と。まあそんなところだろうな。
チカリアさんの父君はドワーフ族の族長を務めるくらいだから、おそらくこの学院にも顔が利く。平民の俺に学院の入学試験を受けさせるくらいは朝飯前だったってところか。
「OKOK。だいたい話はわかった」
「何がわかったンよ? チカのために死んでくれるンよ……?」
それ2km先の鉄板に穴が開く威力があるからな⁉
「怖いって! なんで俺が死ななきゃならねぇんだ……」
「コハクちゃん言葉遣い!」
「なんでわたしが死ななきゃならねぇんですわ?」
「2点です」
……この場合の正解がわからねぇよ。
「お前が死んでくれれば、チカはお前を師匠と崇めなくて済むンよ……」
「いや、俺が生きていても、別に崇めなくて良いんだが。チカリアさんの師匠になる気はないしな」
「それだと父上に怒られてしまうンよ……。お前みたいに凄腕の『石加工職人』はうちの工房にもいないンよ。父上はお前を養子にほしがったけれど、お前の父親が断っていたからこうなったンよ」
「俺が養子に⁉」
その話は初耳だが⁉
「うちはこう見えても伯爵家なンよ。古くから代々ドワーフ族と、王都の鍛冶職人たちをまとめてきた功績を認められているンよ」
おー、伯爵。
ってなんだっけ?
「王族の血族以外では、最も位が高いとされる爵位です。つまり、チカリアさんの家はとても偉いんです」
ヒナがこっそり耳打ちで教えてくれた。
「伯爵すげぇな。鍛冶職人でも伯爵になれるんだな」
夢がある!
「ここ『ブレドストン王国』では、他国と異なり、鍛冶職人たちの地位がとても高いのです。『石加工』スキルを持って生まれる人が多いせいなのか、鍛冶職人を目指す人が多いから『石加工』スキルを持つ人が多いのかは定かではありませんが、質の良い武器や防具を作り、国に貢献できる職人には、積極的に爵位が与えられる仕組みがあるのです」
「なるほどな。それの元締めみたいなのが、チカリアさんの父君だと」
つまりは鍛冶職人の頂点に位置する人か。
ちょっと会ってみたいな。もちろん養子になりたいわけじゃないけどな。
「お前の父親は、お前のことを鍛冶職人にするつもりはないと言っていたらしいンよ」
「まあ、父さんは商人だからな。俺にも跡を継いでほしいんだろうよ」
俺に商才があるかは正直わからないけどな。
俺としてはモノづくりをしているほうが楽しいんだけど、いつまでもそうしているわけにはいかないだろうな……。父さんと母さんには俺しか子どもがいないし、俺が女でも跡を継がないと……。
「お前に商人になってほしいわけでもないと言っていたらしいンよ」
「えっ、どういうことだ⁉」
「つまり、わたくしと結婚して王位を継ぐのですわね♡」
「それはないと思います……」
だいだいミサリエ王女は第4王女でしょ。
王位継承権が下のほう過ぎる。そもそもその前に、俺とミサリエ王女が出逢ったのは入学式の日ですからね。うちの父さんとは面識ありませんよね?
「そもそもコハクちゃんは女の子なので、この国の法律ではミサリエ王女と結婚できませんよ」
そうだったわ。
自分が女だということをすっかり忘れていた……。
「わたくしが女王になった暁には、同性婚も重婚も認めることにいたしますわ!」
「それは良かったですね……」
なれたら良いね、女王様に。
「お前の父親は、チカの父上の前で堂々と宣言したらしいンよ。『コハクは商人にも鍛冶職人にもしない。この国で1番の発明家を目指すのだから』と」
この国で1番の発明家……?
「その証拠にと手渡されたのが、この
14歳にしてこれくらいの物が作れるんだぞ、っていうデモンストレーションか。さすが商人だな。そういうアピールは本職だもんな。
「チカは悔しかったンよ……。同い年のヤツに完敗したままで終わりたくなかったンよ……」
「お、おう……」
職人ってやつは負けず嫌いなんだな。
研鑽の上に成り立つ確かな技術っていうことか。俺の場合は、ここよりもちょっと進んだ前世の知識と、ポンコツ女神様がついているから、普通のヤツよりは優位に立っているわけだが……。
「チカは来る日も来る日も、この
「あの、チカリアさん……?」
鍛冶職人としての研鑽の日々は……?
「そしてついにその機会が訪れたンよ。そう、入学式のあの日。お前の真後ろに座ることができたンよ……」
俺、絶体絶命の大ピンチじゃね⁉