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第20話 なんということでしょう。コハクちゃんは頭に鉢植えが当たり、意識を失ってしまったのです。ベベンベンベン

 一度砂に加工した特別な(元)石を、もう一度加工して石に戻すぞ。


「俺には、この石たちの成分がわかっているからな」


 あとは組み立て直すだけ。

 このくらいの大きさなら同時に別々の処理が行える。それなりに『石加工』の熟練度も上がっているから。


「はい、元通り、と。どう? 驚いた?」


 俺の手の平の上にあった砂が、再び石の形に戻った。


「そんなことが……ありえない……魔法なンよ……」


 チカリアさんが、生成したばかりの石に齧りつくのかと思うほどに接近して観察し出す。


 そんなに興奮しちゃって……鼻息が手の平に当たってくすぐったいですわ。


「魔法じゃなくて『石加工』な」


 あくまで人の手による技でしかない。

 精霊の力は借りていないよ。


「ありえないンよ……。こんな『石加工』見たことも聞いたこともないンよ……」


「そうかぁ? 見たことも聞いたこともあるだろ? チカリアさんの手元にある鉄鉱石からは、普通に鉄が抽出できるだろ。それと同じことをしただけだぞ」


「同じなわけないンよ……。鉄を抽出するには高炉が必要なンよ。高熱と時間が必要不可欠なはずなンよ。それなのにお前はこの教室で、何の設備もなく、一瞬で……ありえないンよ!」


 ここまで驚いてくれるととっても気持ちぃぃぃぃぃぃ!

 若干残念なのは、羨望や畏敬というよりは、疑念の目を向けられていることかな。なんでそんなに疑うんだろうな。常識的にどうかなんて些末なことだろ。自分の目で見たものを信じてくれよ。


「その鉄鉱石を貸してみ」


 目の前で見せてあげるよ。

 って、鉄鉱石がめっちゃ温まっているな。チカリアさん、握り締め過ぎでしょ。


「この鉄鉱石を……まずはこの通り細かい粒子に分解するだろ。ちょっと本気を出してさらに分子レベルまで分解。肉眼では見えなくなっちゃったかもしれないが、まだここにあるからね。あ、息を吹きかけないで。飛んで行っちゃうからさ」


 ここからは見えないものに対して加工をしていくから、何が起きているか理解するのは難しいだろうな。まあ一応説明はするけれどね。


「高炉でやっていることって、要は鉄の精錬なわけよ。酸化鉄から酸素を取り除いて純度を上げる作業。つまりただの化学反応なわけね」


 はいはい。まあこの世界の知識レベルでわかるわけないよね。

 チカリアさんもミサリエ王女も「酸化鉄? 化学反応?」ってなっているし。でも一応最後まで説明はする。わからなくても結果を見れば信じるしかないわけだしな。


「鉄鉱石を分子レベルまで分解させて、酸素部分の分子結合を断ち切ってから組み換える。これが俺の考え出した『ワンランク上の石加工』スキルなわけよ。高炉での処理は、酸素分子を剥がしてやることが目的なんだよな。『石加工』スキルを使えば、熱や炭素を使わなくても分子結合が切れるってわけ。そうすれば鉄の還元ができる、と。はい、鉄の完成」


 元の鉄鉱石が小さいから、出来上がった鉄もすっげぇ小っちゃいけどね。


「たしかに……鉄なンよ……。しかも見たことのない純度なンよ……」


「まあね、ここまで純度を高めると、柔らかすぎて武器には適さないから、ここに炭素を加えて『炭素鋼』にする必要があるけれどな」


 まあその辺は蛇足というか、今話しても意味はないか。

 どう? これで今俺がやったことは、精霊魔法なんかじゃなくて、『石加工』スキルだって信じてもらえたかな?


「何が起きたのかわからなかったンよ……。でも、チカが知っている『石加工』スキルとはまったく違うものなンよ……。ホントにお前は何者なンよ?」


 あらら。

 スキルじゃなくて俺の存在自体を疑われちゃった。


 どうする、ヒナ?

 こういう場合って転生者だって伝えて良いものなんだっけ?


「もちろんダメですよ♡」


 ですよねー。

 じゃあ、この場を切り抜けるために何か知恵を貸してくれない? 女神様?


「仕方ないですね。たぬき娘……チカリアさん、コハクちゃんが何者なのかについては、私から説明しますね」


「なんでお前がしゃしゃり出てくるンよ。チカはお前のことキライなンよ。なんか生理的に受け付けない顔をしているンよ」


 めっちゃ噛みつくー。

 生理的にって……。


「まあまあ、そう言わずにー。コハクちゃんの事情についてはコハクちゃん以上に詳しいと評判のヒナちゃんがわかりやすく説明しますからね♪」


 こういう時の女神様ってね。

 人を騙すことにかけて右に出る者はいませんからね。いやー、助かるなあ。持つべきものは幼馴染みの女神に限るね。


「あとできっちりと、代金は請求しますからね?」


 ん、金はないよ。


「あとできっちりと、代コハクちゃんを請求しますからね」


 代コハクちゃんってなんだよ……。

 やっぱり頼まなきゃ良かったか?


「コハクちゃんが『石加工』スキルに目覚めたのは~、忘れもしないコハクちゃんが2歳の時~。寒い冬の朝の出来事でしたぁぁぁ。ベベン」


 なんか小噺風に始まったな。

 三味線の音の真似をしても、この世界のチカリアさんたちにはわからねぇだろ。


「コハクちゃんが1人、庭を散歩していた時のことでございます~」


 2歳に1人で庭を散歩させるな。

 リアリティに欠ける設定だから、ウソがバレないように適当に端折って頼むわ?


「2階の手すりに置いてあったのは鉢植え。運悪く強風であおられ~、庭を歩くコハクちゃんの頭の上にド~~~~ン! なんということでございましょう。コハクちゃんは頭に鉢植えが当たり、意識を失ってしまったのでございます~。ベベンベンベン」


 2歳で2階から鉢植えって……たぶん死ぬんじゃね?

 頭へこむだけじゃすまないよな……。


「それがコハクちゃんの運命を変えることになろうとは、だれも予想できなかったのでございまする~」


 そりゃまあ、頭に鉢植えが落ちることが予想できたなら、まずはそれを回避させてあげてほしい。


「意識を失って、眠り続けるコハクちゃん。その夢の中で女神様との邂逅を果たすのでございます。女神様はコハクちゃんのことを一目で気に入り、『私のことを愛してくれるなら、代わりに望みをなんでも叶えましょう』と約束をいたします」


 おい? ちょっとお前の願望が入ってきていないか?


「コハクちゃんは困惑しながらも、この先の人生を捧げようとしていた『石加工』スキルが、世のため人のために使える『ワンランク上の石加工』スキルにならないものでしょうか、と女神様に相談を持ち掛けるのでございました~。ベンベンベンベン」


 2歳設定忘れているだろ。

 2歳で人生を捧げる何かとか考えるヤツいる? そんなヤツがいるなら、ソイツは絶対人生2週目の転生者だろ。


「そうして夢の中で手に入れたスキルが、そう『ワンランク上の石加工』スキル。つまり、コハクちゃんが『石』だと認識した物体を自由に加工することができるスキルとなったのでございます~~~。ベ~ンベベベベンンベンベンベンベン。おあとがよろしいようで。ベンベンベンベベンッ。ご静聴ありがとうございました」


 なんか適当な作り話だったなあ。

 こんなんで納得してもらえるのか……?


「すばらしいですわ! コハク様、幼少期よりご苦労をなさって……」


 ああ、ミサリエ王女が感動のあまり泣いていらっしゃる。この人ホントにチョロいな……。

 肝心のチカリアさんは……?


「うぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉン! コハク、えらいンよ! 一緒に『石』に人生を捧げるンよ」


 な、泣いていらっしゃる……。

 なんならミサリエ王女よりも感情的に……。


 そうか、こんなもんか……。

 人を騙すのにリアリティーなんていらなかったんや……。

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