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第21話 この物体は『石』か、それ以外か。ただの2択なんだ

「ところで――」


 チカリアさんがハンカチで涙を拭いながら、俺のほうに向きなおる。


「『石』だと認識した物体を自由に加工することができるスキルってどういうことなンよ?」


 おお? 雰囲気に流されて感動しているだけかと思ったら、意外とちゃんと話の内容まで聴いていたんだな。


「そのままの意味だよ。俺が『これは石だな』そう思い込めたら、『石加工』スキルの効果範囲に入る」


「まったく意味がわからないンよ……」


 ジト目。

 チカリアさんは、なーんでずっとそんなに目つきが悪いの?


「具体例を出したほうがわかりやすいか。これは『石』だよな? そしてこれも『石』だ」


 俺は机の上を指さした。

 さっき砂から石に加工し直した、2種類の謎の鉱石だ。

 この謎石の正解発表はこの後ってことで――。


「そしてさっき鉄鉱石から還元した鉄ももちろん『石』だな」


 ここまではOK?


「たしかにどれも『石』なンよ……」


 よろしい。ここまでは納得してもらえたらしい。


「じゃあ、その砂の山は?」


 チカリアさんの命――いしゆみを分解して砂にしたものを指さす。


「『砂』なンよ……」


「『砂』は『石』か?」


 ここからが話の本題だ。


「『砂』は『砂』なンよ。『石』なわけないンよ」


 チカリアさんの中では、『砂』は『石』ではないという見解。

 『砂』=『石』が否定された。


「いいや、俺の知識によると『砂』は『石』にもなるはずだ。砂が堆積していって固まったものを『砂岩』と言うからな。『砂』は『石』になり得る。つまり定義するなら『砂』は『石』だ」


「それは暴論なンよ。『砂』の中には、長い年月をかけて『砂岩』になるものがあるだけなンよ! ほとんどの『砂』は『砂』のままなンよ!」


 チカリアさんが荒々しく机を叩く。

 静かに聞いていたミサリエ王女がビクンッと体を震わせた。


 おっとと、大事な砂が舞っちゃうから、あまり興奮しないでね?


「そんなに難しく考えてはいけないんだよ。俺の『石加工』スキルの効果範囲に入るか否か。つまり、この物体は『石』か、それ以外か。ただの2択なんだ」


「そんなのおかしいンよ……」


 おかしいかどうかは問題じゃないんだよなあ。


「俺が<こいつは『石』である>と思えれば、事実がどうだとか、確率がどうだとか、そんなのは関係ない。どんな物体もな、理由をこじつけて『石』だと思っちまえばそれで良いんだよ」


 暗示でもなんでも良い。

 認識できるかどうかだけの問題なんだ。単純だろ?


「お前の中で、この『砂』は『石』……なンよ?」


「そう、『砂』は『石』だ。俺はそう認識した。そして、いしゆみも『石』を使って作られている。そして名前にも『いし』が入っているからいしゆみは『石』だ」


 いしゆみは『石』なんだよ。

 わかるか、この理屈が?


「そんなわけ……もうあきらめたンよ。お前の言う通りで良いンよ……。いしゆみは『石』で良いンよ……」


 チカリアさんがうつろな目で俺のことを見つめてくる。


 最初、ヒナもそんな目をしていたっけ。俺からしたらこの理論で別におかしなことはないんだけどなあ。だってさ、実際に『石』なんだから『石加工』ができるんだぜ?


「対象が『石』だと認識出来さえすれば、紙に書いた設計図、または頭の中に思い浮かべた設計図と、石の成分表を基にして……『石加工』するだけだ」


 ほい、小型ピストルが3丁な。

 元の『砂』が、大型のいしゆみだったから、材料がいっぱい採れたおかげで3丁も作れちゃったわ。


「やっぱりおかしいンよ……」


 チカリアさんが小型ピストルを手に取り、しげしげと観察していた。


「何がおかしいんだ?」


「さっきまでのいしゆみとはぜんぜん違う形状なンよ。しかも、この持ち手の部分はどう見ても木……絶対『石』じゃないンよ」


 あれー? まだわかっていないようだな。

 そういう難しいことは考えちゃいけないんだよ?


いしゆみは『石』だ。そこから作り出した小型ピストルも『石』なんだよ。持ち手の部分が『木』っぽく見える? そうだな。俺が『木』の分子構造に似せて作った『木石』だからかな?」


 簡単なことさ。

 石を分解して分子を組み換えて、たまたま『木』に酷似した分子構造の『石』を作り出した。

 ただそれだけなんだよ。


「『木石』ってなンなンよ……。もう無茶苦茶なンよ……。頭がおかしくなりそうなンよ! ああっ!」


 チカリアさんが小型ピストルを机に置き、イラついた様子で頭を掻きむしった。


「チカリアさんにはちょっと難しかったかな? でも大丈夫。俺のもとで修業をすれば、そのうちに『ワンランク上の石加工』が使えるようになるよ」


 さあ、一緒に生涯を『石加工』に捧げようじゃないか。

 そして『石革命』を起こすんだ!

 『石』万歳。

 石! 石! 石! 石! 石!


「コハクちゃんコハクちゃんコハクちゃん!」


 ヒナが激しく俺の肩を揺さぶってくる。


「なんだよ、今良いところなのに」


「発作が出ちゃってますから! 正気に戻ってください!」


「俺はずっと正気……じゃねぇな……」


 これだから『ワンランク上の石加工』は嫌なんだよ。

 連続で使うとすぐに精神が汚染されちまう……。


 何が『石革命』を起こすんだ! だよ。

 俺は別に『石』なんて好きじゃねぇ。ただ、『石加工』に可能性を感じているだけ……。世の中にあるものすべてが『石』だと認識できれば、俺は何でも作り出すことができる。

 あとは精神汚染との闘い……。


 俺はこの精神汚染のことを、『石野建造いしのけんぞうの呪い』と呼んでいる。


 だってさ、俺が『石』を加工しようとした時、声が聞こえるんだ。

 じいさんの声がな。実際には聞いたこともないのに、じいさんの声だってわかるんだよ。


【『石』こそすべて。この世はすべて『石』でできている。『石革命』を実現せよ。『石』の民よ、今こそ立ち上がる時だ】


 ヒナにはこの声が聞こえないらしい。

 幻聴なのか?

 いや、でも毎回聞こえるんだよ……。


 石野のじいさん。

 あんたは何者なんだ……?

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