「今日も『ワンランク上の石加工』を教えるンよ!」
停学で謹慎中のはずのチカリアさんが、俺たちの寮部屋を訪ねてくる。
停学処分を受けてから毎日……。
「またきたんですか! この、たぬき娘っ! いい加減にしないと先生に通報しますよ!」
「できるものならやってみるンよ! 停学中のトカゲ娘!」
「停学中なのはお互い様です! それにあれはたぬき娘のせいですからね! 私たちは巻き込まれただけです! もうどっかに行ってくれませんか⁉」
「嫌なんよ! お前がどっかに行くンよ! チカはコハクに教えたり教えられたりする、とっても親密な関係なンよ! トカゲは邪魔なンよ!」
「トカゲトカゲうるさいですね! 私はドラゴンの血を引いていますが、コハクちゃんと同じ人族です! ドワーフのたぬき娘はお呼びじゃないんですよ!」
あー、うるさいなあ。
この2人は毎日毎日飽きもせず……。
ヒナが入学式に行った『コハクちゃんハーレム作りたい』宣言はどこへ行っちゃったんだよ……。ぜんぜんほかの女の子を受け入れる気ないじゃん。お前たちがギャーギャーやっているせいで、おそらく何人かのハーレム入り候補の子を逃していると思うぞ……。
「みなさん、ごきげんよう。わたくしも混ぜていただけますか?」
開いているドアをノックし、ミサリエ王女が顔をのぞかせた。
「おー、いらっしゃい。うるさいところですがよろしければー」
って、今は授業がある時間なのでは?
停学中ではない人は、ちゃんと授業に出たほうが良いですよ?
「ヒナ様、チカ様、ごきげんよう。今日もお元気ですわね」
ミサリエ王女は、外まで聞こえる声で言い合いをしている2人のことを『お元気』という一言で片づけ、ニコニコしながら俺たちの部屋へと上がり込んでくる。
さすがだな。
王女様のこの優雅さは、庶民育ちのヒナにはもちろん真似できるものではないし、伯爵令嬢のチカリアさんにも持ちえないものらしい。
「今日はわたくしがコハク様を独り占めしてしまいましょう♡」
2人掛けのソファ席、俺の横にぴったりと密着して座ってきた。
「コハク様成分を分子分解ですわ♡」
腕を絡ませ、そのふくよかな胸をこれでもかというほど強調しながら押しつけてくる。
いや、分子分解ってそういうのではなくてですね……ってもうどうでも良いか。
この沈み込むような弾力がもうなんとも……張りのあるチカリアさんの胸とはまた違う良さが……このまま埋もれたい。
それにとっても良い匂いだなあ。
高貴な人は良い香水をお使いなんでしょうね……。
「殿下! 抜け駆けはなしの約束ですよ!」
般若のような形相のヒナが、俺とミサリエ王女の間に割って入ってくる。
ドラゴンの角(今はカチューシャ)が、シルエットなら鬼の角に見えなくもないな。
「ミサ! その香水はチカが精霊さんに頼んで調合してもらったものなンよ! 悪用するなら返してもらうンよ!」
今度はチカリアさんが間に……。
2人掛けのソファに4人は狭いですって。ソファの足が折れちゃう。
「そうでしたわ!」
ミサリエ王女が何かを思い出したように声を上げる。
俺のほうに向きなおろうと……まあ無理ですね。定員オーバーの混雑状態なので。
諦めたのか、そのままの姿勢で――。
「今日はコハク様に用事があってまいりましたの」
「なんでしょう?」
改まってわざわざ。
用事がなくても毎日遊びにいらっしゃるのに?
「招待状を預かってまいりましたの。こちらをお読みくださいませ」
と、上着のボタンを外して……胸の谷間から封筒が出てきた、だと?
アニメでしか見たことないやつだ……。
なんかちょっとしっとりしている……。
でも良い匂いが。
「オホンオホン」
なんだよ、ヒナ。その咳払いは!
こんなの嗅ぐだろ、普通!
「えーと、なにが書かれているのかな、と? これは……『ミサリエ=ブレドストン♡コハク=フィルズストン♡婚約披露パーティーご招待のお知らせ』……何ですか、これ?」
ミサリエ王女の筆跡で手書きされた……しかもやたらとハートマークでデコられているメッセージカード……。
「間違えましたわ♡ そちらはいずれ♡」
と言って、素早く俺の手から謎の文書を回収。もう1通の封筒と差し替えてきた。
こちらもしっとり。
「いずれ……?」
「お気になさらずに♡ ささ、そちらの内容をご覧いただけますか?」
今のはなんだったんだ。
ミサリエ王女の妄想で書かれた招待状か?
まあ、いいや。深くツッコむのはやめておこう……。
「なになに?『コハク=フィルズストン殿。貴殿をブレドストン魔術学院生徒会主催の茶会に招待させていただきたい。日程は――』えーと、これは?」
生徒会主催の茶会?
「わたくし、生徒会長のリリス様とは昔から懇意にさせていただいておりますのよ。コハク様のお話をして差し上げたら、『ぜひお会いしてみたい』とおっしゃられまして」
生徒会長が俺と会いたい?
なんで?
「日程的にいうと……今日の午後ですね。また急なお話で……」
「先ほどリリス様と廊下ですれ違った時に手渡されましたの。どうやら最近、何度もコハク様のことを探して、わたくしたちの教室にいらしていたみたいですわ」
と、少しばつの悪そうな顔をする。
「まあ、俺たち停学中ですからね……。まわりのクラスメイトも、入学早々停学になるヤツらなんかとは関わりたくないでしょうから、俺たちが不在の理由までは伝えないでしょう……」
あーあ、もうクラスで友だちを作るのは諦めだ!
なんでこんなことになっちまったのかなあ。
ミサリエ王女は、ポンと両手を打ち鳴らし、「はい、話題を変えましたわよ」とでも言わんばかりに振る舞い――。
「そのことは一旦置いておきましょう。本日のお茶会に参加されますわよね?」
と、当然ですわよね、という圧を掛けていらっしゃりつつのご確認だ。
「こういうお誘いって、お断りすると失礼にあたるわけですよね?」
「近親者に不幸があった場合など、やむを得ずご欠席される方はいらっしゃいますが……」
はい、それは拒否権なしで絶対参加ってことですね。
「わかりましたー。でも、今停学中なんですけど、お茶会に参加したりしても大丈夫なんですかね?」
怒られたり、停学期間を延ばされたりするのは勘弁願いたい。
「わたくしのほうからも重々お伝えしておきますので、問題ないと思いますわ。そもそも生徒会主催の会ですので、学校側の処分とは無関係ですし」
「なるほど、そういうものなんですね」
生徒会は学校の直轄組織ではなく、独立組織である、と。
「はいはいはいは~い!」
ヒナが手を上げてくる。
おい、狭いんだから暴れるな!
ていうか、そろそろあとから割り込んできた2人はソファから立ち上がってくれ!
お前ら2人が立ち上がらないと、俺とミサリエ王女は身動きが取れないんだが?
「私もお茶会参加したいです!」
「もちろんご一緒いただけますわ」
えっ、そうなの?
この招待状に書かれているのは俺の名前だけなんだけど。
「もちろんチカも行くンよ」
「もちろんですわ」
そうなのか。
結局4人で行動を……。
またトラブルが起きなければ良いんだが……。