俺たち4人は、生徒会からの招待状に書かれていた中庭に到着する。
時間ぴったりに着いたにもかかわらず、すでに多くの生徒が集まっていた。
俺たちの姿に気づいた1人の女生徒が、小走りにこちらへやってきた。
「皆様、本日はお忙しい中、生徒会主催の茶会にお越しいただきありがとうございます。お時間の許す限り、どうぞごゆっくりお楽しみください」
この人が生徒会長のリリス=ロックウェルさん、だよな。
エルフ族の特長的な長耳のおかげで、さすがに俺でも間違うことはない。
「生徒会長、本日は招待いただきありがとうございます」
「コハク様ですね。お初にお目にかかります。リリス=ロックウェルと申します」
そう言って軽く会釈をしてくる。
ホワイトブロンドの髪が、少し傾きかけた陽の光を反射して眩しく輝いた。
「コハク=フィルズストンです。お目にかかることができて光栄でございますわ」
これで敬語もバッチリだな!
入学式後の学院説明会で見かけて以来だが、やっぱりとんでもなくきれいな人だわ……。
エルフ族っていうのは、みんなこうなのか。まるでフィクションの世界から抜け出してきたみたいに美しすぎる。
「リリス様、さっき振りですわね。コハク様をちゃんと連れてきましたよ」
ミサリエ王女が俺の後ろからひょっこりと顔を出した。
「殿下。急な申し出にもかかわらず、ご調整いただき感謝いたします」
「まあ、殿下だなんて他人行儀ですわね。普段のように『ミサ』とお呼びくだされば良いのに。リリスお姉様」
ミサリエ王女が気安い雰囲気で笑い返す。
リリスお姉様、だと……!?
2人は、実の姉妹ではないよな。
「コハクちゃん……生徒会長さんのこと、見過ぎです」
ヒナが後ろからわき腹を突いてくる。
「お、おう……ヒナも生徒会長様にご挨拶しておいたほうが良いんじゃないかな?」
振り返りながら、ヒナの体を前に押し出した。
ほら、首席入学ってなんやかんやで目立つし、将来生徒会役員入りを果たして学院への貢献を求められるかもしれないだろ?
「ごきげんよう、生徒会長。ヒナ=スカーレットです」
「挨拶それだけ⁉ 良いのかそれで⁉」
「『挨拶とスカートは短いほうが良い』と、どこかのえらい方もおっしゃっています」
「へ、へぇ……」
飲み会の乾杯かなんかのジョークだよな? 下ネタにしか聞こえんが……まあ良いか。
「あ、じゃあ、チカリアさんも、ほら……」
俺の後ろに隠れたりして……人見知りなのかな? リリスさんにちゃんと挨拶して?
「アイツが生徒会長だって知っていたこんなところには来なかったンよ……」
アイツ? もしかして、チカリアさんはリリスさんと知り合いだったり?
はい、無視ー。
「えーと、みなさん年齢が近いですし、貴族のご令嬢同士で面識があったりするんですか?」
「わたくしとリリスお姉様は、それはそれは深い間柄ですわ~」
深い間柄!
ということはやはり2人は
はっ! そうだ!
ミサリエ王女は
ということは……リリスさんとただならぬ関係なのでは⁉
「……コハクちゃんはこの一瞬でよくそこまで妄想できますね。もう、逆に感心しちゃますよ……」
ウソだね。その目は感心している目なんかじゃない。
でも良いじゃないか! こんな美しい人と
「あんなことやこんなことがどんなことか知りませんけれど、ただならぬ関係なら、全般的にやましいことしかないんじゃないですか?」
それを言われるとぐうの音も出ない……。
だが、やましいからと言って、悪いこととは限らないだろう!
「あら? もしかして、わたくしとリリスお姉様の関係のことをおっしゃっているのかしら?」
なぜだか楽しそうなミサリエ王女。
「残念ながら、リリスお姉様はわたくしの従姉妹なのですわ」
なーんだ。
リアル親戚か。それでお姉様。納得。
「ということは、リリスさんも王女様なんですか?」
「いいえ。私はロックウェル公爵家の娘です」
公爵……ってえらいんだっけ?
「とてもえらいですよ。公爵は王族の次にえらい、とざっくり覚えておいてください」
小声でヒナが教えてくれる。
おー、王女様ではなくても、十分にすごい人なんだなあ。
まあ、見るからに高貴なオーラが出まくっているもんな。
すっごい美人だし。
「でも長身で顔もシュッとしていてスレンダーですから、コハクちゃんの好みではないですよね⁉ ね⁉」
いつにも増して、ヒナの圧が強いなあ。
何の確認なんだよ……。
人のことを「きれいだな」って褒めるのに、好みとか好みじゃないとか関係あるのか?
「ヒナ様。リリスお姉様は、コハク様の好みの見た目ではないかもしれませんが、リリスお姉様のほうは、コハク様のことを大変気にされておりますわ」
「えっ⁉」
それってどういう……。
「あらやだ、ミサったら♡」
リリスさんのほうも、まんざらでもない雰囲気?
もしかして、俺ってお姉様キラー発動しちゃった?
「そんな属性は付与してません!」
そうですかー。
でも、リリスお姉様は俺に興味あるらしいぞ? まいったなー。
「どうせあれですよ。コハクちゃんの類まれな才能に興味があるってことですよ」
「いや……俺にあるのはこの国の3人に1人が持っている、ごくごく一般的な『石加工』スキルだけなんだが? つまり俺が誇れるのって、この容姿だけじゃね?」
「『石加工』スキルは立派なスキルなンよ。軽視するような発言は許さないンよ」
チカリアさん、苦しいです……。首絞めないで……。
すみません!『石加工』スキルは大変立派なスキルです!
ちょっと⁉ なんでこのタイミングで背中に乗ってきたの⁉
「それに、コハクはチカに比べたら並みの容姿だから、あんまり調子に乗らないほうが良いンよ」
そんなはっきり言うことないじゃん……。俺だって15年も女の子をやってきたんだから、客観的に見て、自分の容姿が並なことくらい知ってるよ……。これでもキレイになろうと努力はしているんだよ? ちょっとは褒めてよ……。
「コハクちゃん……並みの容姿でかわいそう……」
おい、女神、コノヤロー!
「慰めろって言ってんだよ!」
積極的に傷口に塩を塗り込んできてんじゃねぇよ!
「コハク様。わたくしがコハク様を好きになったのは、容姿に惹かれたからではありませんわ。たとえ並でも一向にかまいませんのよ」
ミサリエ王女は……慰めようとしているのか、完膚なきまでにプライドを折りに来ているのかわかりませんね!
いや、わかります!
ミサリエ王女のことだから、何の深い意図もありませんよね!
つまり言葉通り、俺の見た目じゃなくて中身が好きだと言ってくれている……
「はい、ありがとうございます!」
でも容姿に興味ないって言われるのはちょっと複雑だし、やっぱりかなしい……。
「なるほど……ミサから伺っていた通りの方のようです。とても興味深い……」
俺たちのわちゃわちゃしたやり取りを目の当たりにして、微笑を浮かべているリリスさんと目が合ってしまった。
「あ、ども……」
こういう時どんな返しをすれば良いのか、俺は知らない。
「長々と立ち話をしてしまいましたね。皆様、奥へどうぞ。茶会は始まったばかりです。ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
ごゆるりと、と言われても……。
右腕はヒナに。
左腕はミサリエ王女に。
そして背中にはチカリアさんが。
ええい、お前ら!
うっとうしいから1回離れろ!