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第26話 コハク様は狭い室内で誰にも見られずにイチャイチャするのがお好きなんですわ

 ここが生徒会執行部主催のお茶会の会場かあ。


 周りを校舎に囲まれたデッドスペース的な中庭だが、夕方のこの時間でもかなり明るい。採光計算がきちんとされていそうだ。

 テーブルやイス、日差し対策の傘など、最低限の持ち込みなのに、決してチープな印象は受けない。うまく花壇の一部や噴水の周りに布を敷いたりして、食べ物や飲み物を並べている工夫も見られるせいだろうか。

 生徒会のスタッフと思しき人物たちがテキパキ動いているのも好感度が高いな。


「うーむ、お茶がうまい」

 少しずつ気温が下がり始めているからか、温かい紅茶がとてもおいしく感じるな。 


 それにしても、このお茶会は大盛況だわ。

 生徒会長のリリスさんが、客として招かれている先生や生徒と談笑している姿を眺めるだけで癒されますなあ。


「それで……なんでコハクちゃんは、ずっと隅っこでお茶をすすっているんですか?」


 隣に座るヒナが言う。


「そういうお前もな」


 校舎と校舎が交わる角。ここはお茶会の会場なのか、それともその外なのかギリギリの境界線。

 俺とヒナは、何も植えられていない花壇のレンガに腰を下ろして、お茶会に参加している振りをしているのだった。


「私はコハクちゃんに危険が及ばないようにボディーガードをしているだけです~」


「いや、学院内だからさ。危険が及ぶなんてことは……」


 ありましたわ。

 入学初日からめちゃめちゃ命狙われていましたわ。


 そう、今もヒットマンよろしく、ずっと俺の背中に張りついているチカリアさんにね。


「チカリアさんはさっきから何なんですか……?」


「コハク。チカにもお茶と茶菓子を持ってくるンよ。やっぱりコハクは行かなくて良いンよ。暇そうにしているトカゲ娘が行ってくるンよ」


 俺の背中に隠れたまま指示を飛ばしてくる。


「嫌ですよ。なんで私がたぬき娘のために動かないといけないんですかぁ? お貴族様なんだから、自分の召使いにでも頼んだらどうですかぁ?」


「この……ケンカ売ってるンよ⁉ うちの伯爵は名前だけなンよ。鍛冶職人の家に召使いを雇う金なんてあるわけないないンよ」


 チカリアさんの家の悲しい懐事情を知ってしまった……。

 最高峰の階級の鍛冶職人でも、職人は職人かあ。どこまで行っても肉体労働の仕事ってね。

 まあ、別に良いさ。

 俺は貴族になりたいわけじゃない。

『ワンランク上の石加工』スキルを使って、世の中を楽しく変えてやるさ。


「まあまあ、今日はせっかくのお茶会だし、チカリアさんも貴族っぽく振舞ったら良いんじゃないか? 俺がちょっと行ってくるさ。チカリアお嬢様、お飲み物をお持ちいたしますので、しばらくお待ちくださいませ」


 恭しく頭を下げて、中央の噴水前へ。

 チカリアさんとヒナが何かボソボソしゃべっているような声が聞こえたような気がするが、あとで聞くとしよう。


 えーと、一気にお茶や料理を運びたいから、何かトレイみたいなものがあると良いんだがなあ。

 何かないか……?


 と、辺りをキョロキョロしていると――。


「お困りごとでしょうか?」


 背後から声をかけられた。


「あー、はい。あっちに友人を待たせているので、何人か分の食事を運べるトレイなんかがないかなと……って、ミサリエ殿下!」


 俺に声をかけてきたのは、生徒会のスタッフの人じゃなかったわ。


「あらあら、皆様あんなに隅っこにいらっしゃったのですね。こちらで交流いたしませんの?」


「いや……俺もヒナも平民なので、貴族の方と交流はちょっと……」


 恐れ多いし、調子に乗っていると思われると困りますからね。

 空気のようにいないものとして扱っていただければと。


「リリスお姉様はコハク様とお話がしたくて招待状をお送りになったのですよ」


「そう、ですよね……。でも俺なんかと何を話したいんだろう」


 平民が入学してきたから珍しいのか?

 でもなー、傍から見れば問題ばかり起こしている生徒のはずだ。実際、停学中だし。


「それは直接お姉様にお聴きになったらよろしいのではないでしょうか。お姉様~~~~!」


 ミサリエ王女が大声を出して、少し離れたところにいるリリスさんに呼びかけた。


「ちょっと⁉」


 普通にほかの人と話し中だぞ!


「ミサ、コハク様。こちらにいらっしゃったのですね。楽しんでいただけていますか?」


 瞬間移動みたいな速度でこっちにきたぞ。

 さっきまで話していた先生がちょっと困ったような表情でこっちを見ているんだが……。


「コハク様は少し緊張なされているみたいですわ。ヒナ様やチカ様もあちらに」


 隅っこぐらしの2人のほうを指し示す。



「まあ! それは気づかずに大変失礼いたしました!」


 リリスさんが目を見開いて驚きをあらわにしてから、思いっきり深く頭を下げてくる。


「いやいや、ぜんぜんそんな……」


 謝られるようなことでは。


「コハク様は狭い室内で誰にも見られずにイチャイチャするのがお好きなんですわ。このような屋外は好みじゃありませんのよ」


「まあ、それは大変! 場所を変えましょう!」


 慌てた様子のリリスさん。


 ぜんぜんそういう趣味はないのだが……。

 ミサリエ王女が言っているのは、たぶん俺とヒナの寮部屋の話だと思うんですけど、別に俺が好き好んで狭い部屋に住んでいるわけではないですからね? あれは学院から、そこに住むように指示されたから住んでいるだけで……。まあ、今さら広い部屋をあてがわれても困っちゃいますがね。

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