俺たちは生徒会長のリリスさんに連れられて、お茶会の会場を抜け出した。
主催の生徒会長様がいなくなっても大丈夫なものなのかな? と、リリスさんの後姿を眺めていたら、隣を歩くミサリエ王女が振り返って、にこやかに微笑んできたので大丈夫なのだと思うことにする!
俺たちが向かった先は校舎の中。
といっても、普段授業が行われているのとは別の建物だ。
先生に怒られた時に呼び出された建物だから、きっと職員室的な施設が集まっている校舎なんだろうな。
リリスさんが立ち止まる。
立派な意匠が凝らされたドアの横には『生徒会執務室』と書かれた看板が下がっていた。
「コハク様は狭いお部屋がお好きとのことですので、こちらなどいかがでしょうか」
リリスさんは俺の反応を待たずに、鍵を開けて部屋の中に入って行った。
続いてミサリエ王女。
しかし、残された庶民の俺たちは足が止まってしまっていた。
き、貴族の部屋だ……。
開け放たれたドアから部屋の中の光景が見えてしまってですね……。
こんな立派な部屋……さぞかし入場料が高そうですね……。
「生徒会の仕事で使っている部屋ですので、少々質素ですが狭いお部屋がここしか思い浮かばなかったのです」
と、申し訳なさそうに会釈してくる。
そもそも部屋の間取りは俺たちの寮部屋の5倍くらいはありそうだし、絵画や金細工の食器の数々が並んでいるし、内装もまったく質素ではない。
この学院に入ってから薄々は感じていたが、貴族様と俺たち庶民の感覚は、埋められるわけもないほどにズレているんだなということをたった今理解しました!
「ち、チカたちが気を使う必要なんてないンよ。コハク、さっさと入るンよ」
「おう……」
さすが伯爵令嬢!
俺たち庶民派の先陣を切って……あのー、チカリアさん? たぶんだけど、靴は脱がなくて良いんじゃないかな? リリスさんもミサリエ王女も靴のまま入っているし。まあわかるよ。このフカフカの絨毯に土足で上がって良いかは迷うところだよな。
「コハクちゃん、気をつけてください。これはきっとなんらかの試験です。次に粗相をしたら、きっと退学処分になるはずです」
「マジか……。やっぱりそういうこと?」
おかしいと思ったんだよな。停学・謹慎中の俺たちにお茶会の誘いなんてさ。
復学させるかどうかをチェックする試験だと言われればたしかに納得だ。
細心の注意を払っていこう。
「チカは喉が渇いたンよ」
チカリアさんが高そうな革張りのソファのど真ん中に足を組んで座り込んだ。
ちょーっと! いきなりいきなりくつろぎ過ぎだぞ! さっきまでの緊張感はどうしたぁ⁉ こういうのって「どうぞお座りください」って言われる前に座ると、面接は不合格だって聞いたことあるぞ!
「わたくしがご用意いたしますわ。リリスお姉様はコハク様たちのお相手をお願いいたします」
ミサリエ王女が奥の部屋へと入って行ってしまった。
あっちに給湯室でもあるのかな?
「コハク様? 何か気になるものでもございましたか?」
リリスさんが微笑みかけてくる。
「いえ……ここが生徒会執務室かー、と」
なんという中身のない返事をしてしまったんだ……。
ヒナ、わかっているって! いちいちわき腹を突いてくるなよ。
「お茶はまだなンよ~?」
くぅ、チカリアさんはもうダメだ……。ここで切り捨てよう! 俺とヒナはまだギリギリ復学の道が残されているはず。俺たちだけでも生き残るんだ!
「こちらはですね、歴代の生徒会長の自画像が飾られているのです。こうしてずっと残ることを考えると、少し恥ずかしいですね」
リリスさんが壁の天井付近に飾られている数々の絵画に視線を送り、少しはにかんだ様子を見せていた。
「え、肖像画ではなくて自画像なんですか? 生徒会長さんがみんな自分で描いた?」
「そうなんです。皆様、それぞれ個性的でいらっしゃいますし、この中に自分で描いた絵が並ぶと思うと、気後れしてしまいます」
えー、これ全部自分たちで描いたの⁉
普通にプロの画家の作品だと疑わなかったわ。この学院の生徒会長って、美術のスキルも求められるのかよ……。
「それで、リリスさんの自画像はどこですか? まだ描き途中だったり?」
パッと見た感じ、この中にはなさそうだ。
おや? 急にモジモジし出してどうしたんだ?
「私はその絵のほうはちょっと……」
ああ、そっち系の方ですね?
そうかそうか。つまり、絵が描けない人でも生徒会長にはなれるんだな! でも歴代の生徒会長たちは素晴らしい自画像をお描きになっていて……リリスさんが初の絵が描けない系の生徒会長ってことか?
「リリスお姉様は、絵画よりも立体物がお得意なんですよ」
と、奥の部屋からミサリエ王女が戻ってきた。
手にはトレイ。ポットや茶器を乗せている。
「ああ、手伝います!」
王女様に給仕をさせるなんてそんな!
っていうか、ヒナも動け! こういう時に平民が働かなくてどうするんだ!
「私、女神なのでこの中では1番えらいはずなんですけど……」
なんか言ったか?
左遷された駄女神?
「なんでもありましぇん……」
よろしい。
身分をわきまえてしっかり精進するように。
そうすれば、天界にいる神様がお前の働きを評価して、また女神に戻してくれるかもな? 知らんけど。
ふぅ、お茶がおいしい。
さっきのお茶会で出された紅茶もおいしかったが、この茶葉もなかなか香りが高くて良いな。さすが名門・王立ブレドストン魔術学院の生徒会だ。気品の高さも紅茶の美味しさも学院を代表するってな。
「ところで先ほどのお話の続きなのですが――」
紅茶のカップをテーブルに置き、俺の正面に座るリリスさんが話を切り出してきた。
ちなみに席の配置は、リリスさんとミサリエ王女が並んで座り、対面するように俺。俺の両脇を固めるようにヒナとチカリアさんが座っている。
でもさー、このソファ、けっこう広いからさ、もうちょっと余裕をもって座らないかい? それにさ、腕を絡めて紅茶を飲むのは普通に飲みにくくないかい?
「そうなんです。私は、絵画は得意ではありませんが、立体造形には少々覚えがあるのです」
この笑み。
相当自信があると見た!
まあ、さっきからわりと腰の低い人っていう印象だったし、そのリリスさんが「少々覚えがある」なんて言葉を使ったってことは、『学院随一』くらいの腕前はありそうだな。
「リリスお姉様のロックウェル公爵家は、王城の設計から各街のデザインを担当していらっしゃいますのよ。各個人を見ても、代々彫像や彫刻に関するスキルをお持ちの方を多く輩出しておりますわね」
ミサリエ王女が説明してくれた。
王城の設計ときましたか……。
なるほど、『学院随一』レベルではなさそう。もっと遥かに上の国家レベルの方でしたね。
「なんかスケールがすごいですね……」
「ロックウェル公爵家はグラニット伯爵家とも懇意にさせていただいています。ね?」
リリスさんがチカリアさんに向かってウィンクした。
けれどチカリアさんはそっぽを向いてしまった。
「知らないンよ。チカはただの『石加工職人』だから公爵家なんて見たことも聞いたこともないンよ」
「またまた~。昔は一緒に工房を荒らして遊んだではありませんか。チカちゃん?」
「馴れ馴れしく呼ぶのはやめるンよ! リリが無茶苦茶するせいで、いつもチカが怒られる羽目になるンよ! リリのことなんて友だちだと思ったことはないンよ!」
チカリアさんがソファから立ち上がって、足をダンダン踏み鳴らす。
幼馴染み……悪友ってやつかな?
貴族の人たちも子どもの時はそういう無茶をするんだなあ。ちょっと親近感が湧くね。
っていうか、今無茶苦茶しているのはチカリアさんのほうだと思うんだが、そのチカリアさんがこれだけ嫌がっているってことは、リリスさんはそれを上回る無茶苦茶を……? もしかして、リリスさんって超ヤバい人物なのでは……?
「さて、コハク様。折り入ってご相談があります。ミサが認め、チカちゃんが懐いているコハク様にしか頼めないこと――」
うわっ、急に俺に矛先が向いてきた⁉
そんな、ねっとりとした視線を送られましても……。何か面倒ごとに巻き込まれそうな予感しかしない……。
「ぜひ、私の秘密の研究に協力していただけませんか?」