「秘密の……研究?」
西陽が完全に落ち、生徒会執務室の窓から光が入って来なくなる。
それまで美しく輝いていたリリス生徒会長のホワイトブロンドの髪が光を失い、顔に影を落とした。
「ええ、秘密の研究です」
一瞬の静寂の後、部屋の天井と壁に取りつけられたランタンに明かりが灯る。
暖色系の光が、リリスさんの髪の色を柔らかい印象へと変えていった。
と、さっきから立ったままのチカリアさんが口を開いた。
「リリは……まだあの研究のことを諦めていないンよ?」
「ええ、もちろんです。成功するまで諦めるつもりはありません」
会話はそれだけ。
再び沈黙が支配する。
何も具体的な話は見えてこないのに、やたらと緊張感があるな……。
今のやり取りから察するに、チカリアさんはその秘密の研究とやらの内容を知っている。おそらくミサリエ王女も知っているだろう。
諦めないのか、という質問から考えると、とても難易度が高い研究のはずだ。それなのに秘密にしなければいけない何か……。どう考えてもまともな研究はないな。
よし、聞かなかったことにして帰ろう。
「よし、じゃないですよ……」
ため息を吐くヒナ。
だってさー、貴族の秘密の研究なんて言ったらロクなもんじゃないだろ。
リリスさんって、こんなに低姿勢で物腰柔らかな雰囲気を出しているけれど、実は裏の顔は禁断の秘術にその手を染めた悪役令嬢、ってことなんだろ?
「そんなバカバカしい……。マンガの読みすぎ――」
「チカはお前の禁断の秘術になんて手を貸さないンよ! もちろんコハクも協力なんてしないンよ! コハク、さっさと帰るンよ!」
「えっ、ちょっと⁉」
チカリアさん、無理やり引っ張らないで!
って、そんなことよりも!
「あの、今……禁断の秘術って言いました?」
さすがに聞き間違いかな?
「言ったンよ! リリは昔から禁呪の研究に明け暮れているンよ!」
やっぱり悪役令嬢だぁぁぁぁ!
ほらー! 俺の言った通りじゃん! リリスさんの裏の顔がぁぁぁぁ!
「鬼の首を取ったように……うるさいですね……。あの、リリスさん?」
「はい、なんでしょうか?」
心の声だからうるさくないぞー!
耳を塞げないだろ、やーいやーい!
「禁呪というのはホントですか? もしリリスさんがコハクちゃんを悪の道に連れ込もうとしているなら、私が許しませんよ?」
一触即発ムード⁉
ヒナが口から火を吐く準備をし、チカリアさんがポケットから小型ピストルを……って、勝手に俺の部屋から持ち出すんじゃない! それのせいで教室が火事になったんだぞ!
「禁呪……そう呼ばれてもおかしくはないのかもしれません」
リリスさんが目をつぶり、大きく頷いて見せた。
これまでの研究を振り返っているのだろうか。時折、「う~ん」という唸り声をあげたりしている。
「その言い方ですと、コハク様とヒナ様が勘違いなさってしまいますわ。リリスお姉様、きちんと説明してください」
ほんわか王女が割って入ることで、なんとか全面抗争の火ぶたは切られずに済んだようだ。
「勘違いって何ですか? 禁呪の内容?」
まだ若干の緊張状態を残すヒナとチカリアさんを安心させるためにも、さっさと具体的な話を聴いてしまわなければ……。ホントこの2人、ケンカっ早くて困るわ……。
「私は、ロックウェル公爵家に伝わる秘術『ゴーレム作成』を復活させたいと考えているのです」
おお? なるほど?
「ゴーレムって、命令で動く土の人形のことですか?」
アニメやゲームで、土属性魔法で作られたゴーレムを使役しているのを見たことがあるな。
「少し違います。ロックウェル公爵家に生まれた者は、『生命の精霊』と契約することができるのです」
「『生命の精霊』! 初めて聞いたな。ヒナは知ってるか?」
説明を頼む!
「はい。『生命の精霊』は、自らが媒介となり、無機物に命を宿します。命を宿した無機物は、精霊の契約者の命令のみを受けつける
ああ、そう言われると、ゴーレムの中には土人形に式神を埋め込んで操るタイプもいたっけか。それに近いのかな。
「ヒナ様はとても博識でいらっしゃるのですね。我がロックウェル公爵家に伝わる秘術とは、ヒナ様にお話していただいた通りで、『生命の精霊』の力を利用した『ゴーレム作成』スキルなのです」
「へぇー、良いじゃないですか。ゴーレム。俺も見てみたいな」
強そうだし。
「今は戦時下ではないので、『ゴーレム作成』は禁止されているんです」
リリスさんがひどく残念そうに頭を振る。
そうか、この世界ではゴーレムは兵器扱いなんだな。平和な世の中だから兵器を作るのは禁止、と。まあ、武器や防具を作って訓練するのとはわけが違うか。
「リリはこっそりゴーレムを作って国家転覆を謀っているンよ!」
おや、それは穏やかじゃありませんね。
悪役令嬢どころの騒ぎじゃなくなってきますよ。
って、王女様の目の前で国家転覆計画を?
「そうやってチカちゃんはいつも私のことを悪者にしようとするんです」
はいはい、チカリアさんってそういうところありますよね。
「ウソじゃないンよ! チカが作った石人形とリリが作ったゴーレムを戦わせて……石人形は動かせないのに、ゴーレムは動いてバシバシ殴ってくるし、腕にドリルをつけてチカの石人形に穴を空けてくるし、リリはズルいンよ!」
「石人形って……人形の形をした石?」
「そうなンよ。一生懸命硬い石を加工しても、ドリルはズルいンよ……」
まあ、その対決はちょっとな。
子どもの人形遊びに動くゴーレムは無敵すぎるでしょ。
「チカちゃんが泣くから、チカちゃんの石人形にも『生命の精霊』を宿してあげたじゃないですか。腕のドリルも貸してあげましたよね?」
「あれのせいでえらい目に遭ったンよ……」
動く石人形になって良かったね、めでたしめでたし、じゃなかったと?
「チカが作った石人形が動くようになって、うれしくてうれしくて、家に持って帰って父上と母上に見せたンよ。そうしたら、急に石人形が暴走し出して、腕のドリルで破壊の限りを尽くし始めたンよ……。結局工房は全損……父上と母上からしこたま叱られたンよ……」
「なんと……」
恐ろしい事件が。
まさか、リリスさんが『生命の精霊』を通じて、工房の破壊を命令して……?
「『生命の精霊』は契約者の命令のみを受けつけるって……」
「違います違います! それは誤解です! 私とチカちゃんの家が離れすぎていてですね……途中で『生命の精霊』を維持するための私の魔力が尽きてしまったんです。空腹で怒った『生命の精霊』が暴走をして……あの時は死傷者が出なくて本当に良かったです……」
精霊って空腹になると怒って暴れるんだ……。
超やべぇやつらじゃん……。
ヒナ、そんなの口に入れておいて大丈夫なのか?
「契約した精霊とは、片時も離れてはいけないのが鉄則ですからね。お互いに種族が違う存在ですから、考え方が相容れるわけないんです。お互いの損得のみで契約を行っているということを忘れてはいけません。契約を履行できないような環境に精霊を置いたりしたら……下手すると国が滅びますからね」
ホントに超々やべぇやつらだった……。
俺、精霊の声が聞こえなくて良かったわ……。