「それでー、平和な今の時代だと『ゴーレム作成』は禁止されているんですよね?」
「はい、残念ながら表向きは……」
リリスさんは俯きつつ、隣のミサリエ王女のほうをチラリと見やる。
ミサリエ王女は、ニッコリと微笑むだけで何も返事はしなかった。
表向き、ね。
まあ、こういうお達しは守られた例がないって相場が決まっているしな。
「単刀直入に伺います。リリスさんは俺に何をさせたいんですか?」
「コハクちゃん!」「コハク!」
ヒナとチカリアさんが同時に非難するような声を上げる。
まあ、待ちなさいって。
「話をお伺いしないと良いも悪いもないですからね」
駆け引きはなしでいきましょう。
わざわざ理由をつけてこんな密室に連れ込んだんですから、話だけ聞いてさようならってわけにはいかないでしょうし。でも俺にだってできることとできないことがありますからね。話を聞いて考える時間くらいはくださいよ?
「私が目指しているのは『ゴーレム作成』のその先にある伝説の秘術――『ホムンクルス作成』です」
真剣な眼差しだ。
リリスさんは俺のことを貫かんばかりにまっすぐに見つめてきていた。
「ホムンクルス……だと……?」
とりあえず驚いたような振りはしてみた。
名前は聞いたことがあるような気がするが……ホムンクルスってなんだっけ?
教えて、ヒナ先生!
おいー、ため息吐くなよなー。
仕方ないじゃん。
今って、めっちゃシリアスな場面じゃん?
ここで「ホムンクルスってなんすかね?」なんて訊けると思う? 俺が空気の読めないバカだと思われるじゃん?
「ホムンクルスとは、簡単に言えば『人造人間』のことです。地球ではその昔、錬金術師が作製に成功したという記録が残っていますが、現代科学をもってしても人の手では再現することができてないため、空想上の存在とされています」
人造人間ねぇ。ゴーレムと何が違うんだ?
「ゴーレムは命令を受けて動く人形です。ホムンクルスは人の手によって作られているという点ではゴーレムと同じですが、自立型、つまり自ら思考して自らの意思で動くことができる人間です」
ぜんぜん違うじゃんか……。
むしろ別物じゃんか……。
「リリスさんは、昔から人造人間――ホムンクルスの研究をしている、と?」
「はい。ゴーレムは国によって作製を禁止されていますが、ホムンクルスは禁止されていませんから」
にっこり。
隣に座るミサリエ王女が小さく首を振っているところを見ると……まあお察しってところか。
「一応訊いておきますが、ホムンクルスっていうのは、貴族の間では一般的な概念なんですか? わりとみんな『ホムンクルス作成』のスキルを持っていたりなんてことはー?」
「当家の禁書庫の中にある古い書物に記述があるのみです。当家でも過去に『ホムンクルス作成』を成功させた事例はないと思われます」
ですよねー。
ってことはさー、たぶんだけどさー、ホントのホントに禁呪なんじゃないかな?
「ちなみに、リリスさんがホムンクルスの研究をしていることって、ご家族はご存じ?」
「もちろん秘密です。ね♡」
ね♡ じゃないんだよなあ。
ミサリエ王女もさすがに視線を外して聞いていない振りをしちゃっているじゃんか。チカリアさんの顔がさらに怖く……さすがにそこまでしかめっ面だと今はかわいくないです。
「それで、そのホムンクルスの研究の中で、俺に何をさせたいんですか? 俺が持っているのは一般的な『石加工』スキルなので、手伝えてもゴーレム作成までだと思うんですけど?」
チカリアさんの家の悲劇の話を参考にするなら、ゴーレムの素体は土人形ではなくて、石人形でも行けるみたいだからな。俺に「ゴーレムの素体を作ってほしい」っていう依頼ならわからなくもない。
「コハク様は石なら
はいはい、そういうことですね。
出所は……お隣のおしゃべりお姫様だな?
だからー、ミサリエ王女はその顔芸をやめぃ。
さっきから何種類もの笑顔を使い分けているが、それで会話を済ませようとするのは良くないと思うぞ?
「まあ、石なら加工できますね」
しれっと。
いや、チカリアさんも俺の手を握る力で会話……ではなくて、これはただの暴力だな。痛いんでやめてくださいね? 腕を絡ませてくるやつならいつでも大歓迎ですよ? 俺も真面目な顔をして左腕に全集中するんで。
痛てぇ。
だからドラゴンの角で刺してくるのやめろって。そのカチューシャで刺されるとマジで痛いんだからな。さらにひっかいてくるな! 刺さなきゃ良いわけじゃないからな!
「ホムンクルスの素体は、完璧でなくてはならないのです。魂が入るのにふさわしい状態でなければいけないのです。そうでなければ、魂は定着することなく、ホムンクルスは動き出さない、と書物に記載されています」
「記載されている、ね。……これまでの成功例は?」
「残念ながらまだ一度も」
「なるほど」
完璧、か。
完璧って何だろうな。
「俺……たちにもその書物を見せてもらうことはできますか?」
だから両側から同時に引っ張るなって。
でもここまで話を聞いたら気になるだろう?
「他言無用でお願いしたいのです。私とミサのためにも。お約束いただけますか?」
ミサリエ王女のためにも?
何か引っ掛かるな。ミサリエ王女も禁書のことを知っているからか? 知ると王族でもヤバい代物なのか……。まあでも他言しなければ良いわけだし、そんなに難しく考えることはないよな。
「あー、俺はもちろん約束しますよ。それでー、ヒナとチカリアさんはどうする?」
「私は……コハクちゃんに危害が及ばない限りは……」
ありがとう。
まあ、危なくなったらすぐに逃げような。
「チカは……その前にやることがあるンよ。コハク」
チカリアさんが、より一層激しく俺の腕を引っ張ってくる。
顔が怖いなあ。
「なん、だよ?」
「ヒナのことはヒナって呼んでいるンよ」
「ん?」
ヒナはヒナだからな。
哲学的な質問か?
「つまり、チカはチカなンよ」
そ、そうだね。
「コハクもチカのことはチカと呼ぶンよ」
あー、そういうこと?
俺がずっと「チカリアさん」って呼んでいるから、って?
「あー、でもほら、俺は平民でチカリアさんは貴族だし?」
呼び捨ては失礼に当たるかなーと。
「チカがチカと呼べと言っているンよ。チカと呼ばないなら、暴れている平民がいると通報するンよ」
「通報って無茶苦茶な……。いや、まあ、呼んで良いなら呼ぶけどさ。……チカ」
「コハクぅぅぅん♡」
うわっ、かつてないほどにデレた!
軟体動物みたいににゅるりと俺の膝に乗ってきた⁉ どうなっているの、この人⁉
「あらあら♡ チカ様だけズルいですわ。わたくしのこともミサと♡」
王女様はこんな時だけ強引に話に入ってきますなあ。ずっと顔芸でごまかしていたのに。
まあ良いですけどね。
「はいはい、ミサ。……って、王女様を呼び捨てにしたりしたら、ホントに投獄される危険……ないですよね?」
「どうでしょう? わたくしの機嫌次第ですわ♡」
怖ぇーよ。
「それでは私のことはリリちゃん、とお呼びください」
「いや、ちょっとそれは……今日出逢ったばかりなので距離を詰め過ぎなのではないかと……」
いきなり先輩でも生徒会長のことを呼び捨てにする度胸は……。
「学院に掛け合って、コハク様……ハクちゃんを退学にしちゃいますよ?」
ハクちゃん……。
なんかこう、独特な感じの愛称をつけられた……。
「脅迫ですね……。まあわかりましたよ。リリちゃん……」
っておい、ヒナ!
だから角で突くのはやめなさいって!
ねじって威力を増そうとするのもやめなさい!