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第37話 なるほど……。これは手記、だな。というよりも日記か

 古代精霊語がわかるヒナが、俺の代わりに席に着く。

 俺は後ろで眺める役にジョブチェンジだ。


 ヒナがていねいに『ホムンクルス作成』に関する禁書の1ページ目を開いていく。

 古びた羊皮紙のページは、保存状態が悪いのか、ところどころ破れかけていた。

 最初に書かれていたのは、たったの1行だった。

 ……なんて書いてあるんだ?


「【クリスティーナに永遠の愛を誓う】だそうです」


 ヒナが読み上げる。

 この本の著者がクリスティーナという人に向けたメッセージだろうか?


「リリちゃん、この本の著者は誰なんですか?」


 この本は誰がどこで手に入れたものなんだろう。

 かなり古そうに見えるが、その昔リリちゃんの先祖――ロックウェル公爵家の誰かが手に入れて、この禁書庫にしまい込んだのは間違いないんだろうけれど。


「それがわからないのです。隅々まで読んでみても、書いた方の情報は書かれていませんでした。しかし、その方がホムンクルス作成についての知識があり、実際に試されているのだということだけはわかります」


「なるほど。理論だけではなくて、実際にホムンクルス作りを試している様子が描かれているのか。そうなると学術書ではなくて手記なのか?」


「そうです。最後まで読むとわかることなので先に言ってしまいますが、この手記は途中で終わっていて、ホムンクルスは完成していません」


 この手記の著者は、道半ばで研究を諦めた。

 もしくは何らかの事情により研究を続けられなくなった。


 どちらにしろ、ホムンクルスは未完成に終わっているのか。

 リリちゃんはその人の遺志を継ごうとしている。


 まあ、とりあえず中身を把握していこう。


「ヒナ、続きを頼む」


「わかりました」


 小さく頷いて、ヒナはページをめくった。


【〇月×日。今日も失敗した。砂の素体だと思うように定着しない。クリスティーナは砂が嫌いらしい】


【〇月×日。今日も失敗した。クリスティーナに言われるがままに素体を作ったのに入った瞬間出ていってしまった。やはり見栄えよりも材質が重要らしい】


「なるほど……。これは手記、だな。というよりも、もはや日記か」


 日付と、その日何をしたかが雑多に記録されていた。

 とても細かく書かれている日もあれば、あまり気乗りしなかったのか、短文で終わっている日もあった。



【〇月×日。砂は諦めた。助手を雇い、素体に石を使うことにした】


【〇月×日。今日も失敗した。砂よりは好感触だった。石の材質にもこだわってみようと思う】


【〇月×日。今日も失敗した。硬度の高い石よりも硬度の低い石のほうが反応が良いが、まだ十分ではないらしい】


 このあとしばらく、石を素体にした実験を繰り返している様子が記録されていたが、大きな進展は見られなかった。 


「さっきからずっと失敗ばかりなンよ。ゴーレム作りは難しいンよ?」


「これはホムンクルス作成の手記だから、ゴーレムとは違うんじゃないか?」


「でも素体に砂や石を使っているンよ。ゴーレムとホムンクルスの違ってなンなンよ?」


 いや、それは俺にもまだ……。

 でもたしかに砂や石なら、ゴーレム子たちやコハナたちと変わらんな。ホムンクルスってなんだ?


「この手記の中でホムンクルスとは、『魂が定着した完璧な存在。永遠の命を持つ人造人間』と定義されています」


 リリちゃんが補足してくれた。


 永遠の命を持つ、か。


「『クリスティーナに永遠の愛を誓う』って最初に書いてあったよな。ここまでの流れからすると、クリスティーナは実験に協力してくれている精霊の名前かなと思ったんだけど……」


「私もそうかなと思って読んでいました」


「でもコイツは精霊さんに愛を誓っているンよ? 名前をつけてまで?」


 チカが不思議そうな顔をして首をひねる。


「精霊に名前をつけるのは普通のことじゃないのか? 俺は精霊が見えないからそこら辺の距離感がよくわかっていないんだが」


 そもそもどんな姿をしているのか、声は聞こえるのか、契約者とどんな契約を交わしているのか……つまり何もわかっていない。


「精霊さんが人に真名を明かすのはごく稀なことなンよ。たぶん勝手に名前をつけて呼んでいるンよ。精霊さんは基本的に人のことを見下しているし、勝手に名づけられて、たぶんすごく怒っていたと思うンよ……」


「そうなのか? てっきり人と精霊は共生関係にあるのかと思っていたわ……」


「ハクちゃんの想像している通り、人と精霊は共生関係にあると思います。ですが、精霊は気まぐれで、平気で契約を破ります。それを悪いことだとも思わないのです。なぜなら、自分より格下の『人』に対して、義理立てする必要がないからです」


 なんか精霊ってすげぇのな……。

 それって契約として成立しているのか?


「なるほどな。そんな感じなのか……。じゃあさ、ヒナやチカはどうやって精霊と契約しているんだよ。そんな相手と契約なんて危なくねぇの?」


 急に裏切られるかもしれないし。


「危なくありませんよ。契約自体は精霊側から持ち掛けられるものですし。ちなみに精霊が契約相手を決める条件は、魔力の相性だと言われています」


「自分にとって良質な魔力の持ち主に、精霊の力を提供する代わりに継続的な魔力の提供を持ちかけてくるンよ。良質な魔力の持ち主は、たいてい生まれてすぐに精霊から一方的に契約を結ばされているものなンよ」


「生まれてすぐって赤ちゃんの時ってことだろ。いや、それって有効な契約なのか……?」


 一方的って言っちゃっているしな。

 人のほうに拒否権はなしか。


「精霊が途中で人と契約を打ち切ることはあまりないンよ。だいたいは契約した人が死ぬまで、魔力を吸い続けるンよ。そして死んだら、その人の体ごと食い尽くすンよ」


「怖っ!」


 精霊怖いな!

 俺に契約精霊がいなくて良かったわ……。


「コハクちゃんと契約したいという精霊が現れなかったのは……そのねじ曲がった性格のせいでしょうか」


「おいコラ、赤毛のドラゴンもどき。魔力の相性と性格は関係ないだろ!」


「関係なくはないそうですよ。魔力の味は性格によって変化すると聞いたことがありますわ」


 ミサ王女、それはどこ情報?

 あなたも俺と同じで契約精霊いない組ですよね。


「ミサの言うとおりで、多少癖のある人のほうが、精霊に選ばれやすいというのが通説ですね。精霊から直接そう聞いたわけではないので、あくまで噂レベルです」


 リリちゃんが言うと……なぜだか信憑性のある噂に思えてくるな。


「多少癖、ね。まあ、ヒナとチカも性格に癖しかないから、たぶん合っているんじゃね? 一方俺やミサ殿下は、まっすぐで温かい性格だから、サラサラすぎて精霊が物足りなさを感じるんだろうな。はいはい、納得した」


 それなら俺が契約できない理由も納得だな!

 あ、いや……癖があるって、別に褒めてないからね? なんで2人ともちょっとうれしそうにはにかんでいるの?


「私の場合は皆さんとは状況が少し異なります。代々ロックウェル公爵家と契約をしている『生命の精霊』が複数いて、そのうちの1柱と契約をしています。もちろん私自身の魔力は提供していますが、ロックウェル公爵家と『生命の精霊』は対等な契約を結んでいます。『生命の精霊』とは、代々友好な関係性を築けていて、お互いのことを裏切るような事態には一度もなっていませんね」


 公爵家かあ。

 家単位での契約ってすごいな。


 あれ? 王家にはそういうお抱え精霊的なのはいないの?

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