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第38話 ちょうど良いタイミングなので、私がホムンクルスを研究する理由をみなさんにお伝えしておこうと思います

 ヒナが続けて禁書のページを捲ろうとした時――。


「お待ちください」


 リリちゃんがストップをかけた。


「ちなみにそこから先は、ずっといろいろな材質を使って素体を作り、失敗している記録が続いているだけです。記録の様子が変わるのが、ページのちょうど半分を超えたあたりなので、そこまで飛ばしてしまっても問題ないと思います」


 なるほどな。

 いろいろな材質ってことは、砂や石以外にもホムンクルスの素体になるものがないかを試していた、と。これだけ分厚い手記の半分までその繰り返しとは……相当ハードな戦いだな。


「わかりました。半分ですね。……これくらいですか」


【〇月×日。今日も失敗した。助手がいなくなった。これで3人目か。やめる理由が『地味でつまらない』とは何事か。この研究が成功すれば我が国に無敵の戦力が備わることになるのだ。そんなこともわからんのか】


「もう少し先ですね。助手が7人目になった辺りからです」


 7人……。

 今3人目のところだとだいぶ先ってことか。ていうか、そんなに助手って頻繁に交代するものなのか? いや、そんなことはどうでも良くて――。


「わかりました。もう少し先に進めます」


 ヒナがページを捲ろうとするのを今度は俺が止める。


「いや、さすがに今のはちょっと気になるんだが?」


「何がですか? 助手の話ですか? 地味でつまらないから助手をやめるのは仕方がないと思います」


「それもまあ気になるんだが、そこじゃなくてな。無敵の戦力って、やっぱりホムンクルスは軍事利用目的で研究されていたんだなって」


 軍事目的なんじゃないかと薄々わかってはいたんだが、はっきり書かれているとやはり抵抗感があるというか……。


「コハクちゃんは甘いですね。どの世界においても、人類の発展は『戦争』と『性欲』によって成し遂げられているのです」


 なんかそれっぽい話は聞いたことがある気がするけどさ……。


「エロ目的の研究なんて聞いたことがないンよ。トカゲ娘は出まかせいうのはやめるンよ」


「頭までたぬきなたぬき娘にはわからないでしょうけれど、『性』の探求は、人が進歩する原動力になるんです~」


「そこまで言うなら具体例を出してみるンよ!」


 2人の舌戦がまた始まってしまった。

 ギャーギャーうるさいなあ。


「えっと……リリちゃんがホムンクルスの研究を始めたのってやっぱり――いや、なんでもない」


 あえて尋ねなくてもわかるよな。

 でも家族にも内緒で研究をしているんだっけか。そうなると、公爵家のためではなくて私的な?


「ちょうど良いタイミングなので、私がホムンクルスを研究する理由をみなさんにお伝えしておこうと思います」


 そういえば理由までは聞いていなかったな。

 国にも禁止されていないし、家族に内緒だってことくらいまでしか。


「リリスお姉様、よろしいのですか?」


 おや? ここにきて急にミサ王女の表情が曇ったな?

 ホムンクルス作成の理由を知られることに抵抗があるのか?


「ミサ。ハクちゃんたちは信用に足る人物。少なくとも私はそう判断しました。あなたはどうなのですか?」


 リリちゃんの問いかけ。

 というよりも最終判断への意思確認だろうか。


 ただの研究好きが自宅の禁書庫でおもしろそうな研究材料を見つけたから試してみました、という雰囲気でないことはさすがに俺にもわかってしまった。

 そして、ヒナやチカにもそれは伝わったらしい。いつものじゃれついた言い合いをピタリと止め、リリちゃんたちの動向を伺っていた。


「わたくしは一目見た時から、コハク様に決めていました。間違いありません。この方こそ、我が国を新たなステージへと導く賢人です。そして――」


 ミサ王女がわざわざ俺のほうに向きなおる。

 それまでの厳しい表情から一転、いつもの温和な笑顔に切り替わった。


「わたくしの運命のパートナーに間違いありませんわ♡」


 ギャースギャース。

 ミサ王女の言葉をきっかけにして、場を支配していた重苦しい空気がどこかへすっ飛び、ヒナとチカが舌戦が再開されてしまった。今度はある意味共闘した格好で、ミサ王女に向けた口撃ではあるのだが。



 3人娘の姦しい戦いが中盤戦を迎えたあたりで、リリちゃんが手を叩いてみんなの注目を集めた。


「みなさん、私の話を聴いてくださいませんか?」


『誰が1番コハクのパートナーにふさわしいか』という不毛な論争が一瞬で終わりを告げる。さすがにそこまで空気の読めないやつらではない。 


「ありがとうございます。それではミサ、こちらへ」


 リリちゃんはミサ王女を手招きで呼び寄せ、自分の隣に立たせた。

 なんとなく俺たちもイスから腰を上げ、全員が円卓の横に立った状態で相対することになった。


「駆け引きなしで端的にお伝えします」


 リリちゃんはそう前置きをしてから、大きく深呼吸を1つ入れた。


「私は、ミサを――第4王女・ミサリエ=ブレドストン殿下を次王にしようと考えています」


 ……笑うところ?


 ではないな。

 リリちゃんの目――見開かれ、一切瞬きをしないその瞳が、今の言葉は本気なのだと告げていた。


 リリちゃんが仲の良いミサ王女を次王にしたいという気持ちはわかる。そりゃね、ミサ王女は良い人だし、王様になってくれたら良い国が作れるかもしれないなとは思うよ?


 でもさ――。


「第4王女、ですよね……。ちなみに、王位継承権の序列で何番目ですか?」


 それって現実的なのかね?


「わたくしは、王位継承権7位ですわ。上に兄が3人、姉が3人おりますの」


 2位か3位くらいなら、まあね……。

 何かのきっかけで順番が回ってくる可能性はありそうだけど……。


「7人兄弟ですか……なかなか大所帯だ……」


 7番目はさすがに無理だろ。

 それこそ戦時下でもない限り、自然に王位継承権1位から6位までの兄弟たちがいなくなるなんてことは……。


「8人兄弟ですわ。わたくしの下に妹が1人おります」


 まあ、序列的にほぼ最下位なのは変わりなしか。


「OK。2人が本気なのはわかった。さすがに勝算なくそんなことを言っているとは思っていないんだけどさ、一応訊いておくよ。7人の兄弟姉妹を出し抜いて次の王様になるために、ホムンクルスが必要だと思っている。訊き方を変えよう。ホムンクルスを作り出せれば、次の王様になれると思っている。そういうことなんだな?」


 今、2人がこの話をしてきたということは、俺たちはもう抜けられないところまできたということなんだろうな。本来部外者が立ち入ることなんてできるはずもない禁書庫にも入ってしまっているし。

 だとしたら覚悟を決めて、より深く事情を理解して、この先どうしていくべきなのかを判断しなければいけないだろう。


 まあ、本気で逃げることも視野に入れつつだけどな……。

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