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第39話 平民の町娘と駆け落ちして王様になれなかった王子の話なンよ

 リリちゃんは、俺が投げかけた「ホムンクルスが必要なのか?」という問いには直接答えず、おそらくそこに至るまでの前提情報と思われる内容を話し始めた。


「ミサの序列は第7位です。平時の今、ただ座して待っていても、王位継承権が回ってくる可能性はほぼないと言って良いでしょう」


 まあ普通に考えたらその通りだ。

 でもだからと言ってどうするんだ? 暗殺でもするのか?


「加えて、ミサには後ろ盾となる貴族も、有力者もおりません」


「ん? リリちゃんが後ろ盾になるんじゃないのか? ロックウェル公爵家が後ろ盾になっていれば、かなり強力なんじゃないかと思うんだが」


 なんせ公爵は貴族の中で1番えらいんだろ?


「コハクちゃん、それは……」


 ヒナが口を挟もうとしたのを、リリちゃんが止める。


「私から。私はロックウェル公爵家に連なる者ですが、公女であって公爵ではないのです」


「ごめん、ちょっと言っている意味がわからなかった……」


 公爵と公女の違いって何?


「公爵は私の父なのです。ロックウェル公爵家として支援しているのは、第1王子のエイッツ殿下なのです」


「ふむ? ふむふむ……?」


 なんていうか、この辺は貴族制度に詳しくならないと理解できそうにないな……。


「コハク……まったく理解していない愉快な間抜け面を晒しているンよ」


 チカが呆れ顔で首を振る。

 すみません、ぜんぜん理解していないっす。


「簡単なことなンよ。ロックウェルのじじぃは、いけ好かないイケメン第1王子のエイッツを次の王様にしたいンよ。でも、リリはロックウェル家を裏切って、第4王女のミサを王様にしたいンよ。つまり、家庭内でバチバチに戦争するってことなンよ!」


「戦争か……」


 親子ゲンカも兄弟ゲンカも貴族や王族がやると戦争になるってことか……。


「って、どうせまたチカが大げさに言っているだけなんだろ? 戦争って言っても、選挙的な……有力貴族の協力を多く集めた王子王女が次の王様になる的な?」


 インテリジェンスな戦争ってやつね。

 ホムンクルスを作れるくらいの技術力があれば、それを広告塔に使ってたくさんの支持を集める作戦、つまりそういうことだろ⁉


「ハクちゃん、王位継承はそんなに甘いものではありません。序列が最も高い者が王位を継承する。ただそれだけなのです。序列1位以外はなんの意味を持たないのです」


「……じゃあホントに戦争を?」


 兄弟を殺すのか……?


「王位継承権が移るのは、第1位の者が『死亡する』または『継承権をはく奪される』。この2つのパターンしかありません」


 やっぱり殺すしかないってことか……。

 マジかよ……。


「話し合いで『移譲する』というのはないんだな」


「王位継承権は王族に与えられた権利ですが、当人たちに裁量は与えられていないのです。ブレドストン王国では、現国王のみが『王位継承権のはく奪を決定できる』と定められていて、貴族議会や大臣たちから国王に対して提案という形で要請はおこなえますが、要求することは認められていません」


「王様一強かあ」


 王様が1人ですべて決める。

 政治的な介入の余地がないのは良いことだが、1人で全部決めていると意見が偏りがちではあるよなあ。王様が間違った判断をし続けた場合ってどうするんだろうな。


「私からも1つ、情報を良いでしょうか」


 黙っていられなかったのか、ヒナが口を開いた。


「過去の事例からいえば、王位継承権のはく奪が行われたのはたった2度だけです。1例目は、第1王子が病弱で、公務に耐えられないと判断し第1王子を廃嫡。第2王子を王太子とした例。もう1例は、王妃を殺害した罪で王太子を処刑した例のみです」


「えっ⁉ 王妃って……自分の母親?」


 そんなことが?


「複雑な事件で……いいえ、長くなるので興味があればまたいずれ。何が言いたいかというと、王位継承権のはく奪が行われることはまずありませんよ、ということです」


「OK。よくわかった。王様は継承権1位の王子に王位を譲るのが既定路線で、それが崩れることはあまりないってことだな」


 じゃあ、やっぱり第7位のミサ王女には無理ですね!


「それが……もう1つだけ事例がありますの。なんと申し上げたら良いのか……」


 ミサ王女が複雑そうな表情を見せる。


 とても言いにくそうな……?


「そうです、事例はもう1つありますね」


 ヒナのほうを見やると、なぜかミサ王女に向かって満面の笑みを浮かべていた。

「おいしいところは残しておきましたよ」とでも言いたげな表情に見える。


「はく奪と申しますか、実質的には辞退と申しますか……」


 なんだかミサ王女の歯切れが悪いな。


「もしかして、あれのことなンよ?」


 チカには何か思い当たることがあったらしい。

 だが、あれってどれだ?


「歴史の授業で習ったことがあるンよ。平民の町娘と駆け落ちして王様になれなかった王子の話なンよ」


 ……駆け落ち?


「はい! はい、その話ですわ」


 ミサ王女が大きく頷く。

 どうやら正解だったらしい。


 それで……駆け落ちすると王様になれないって何?


 言いにくそうにしているミサ王女に代わり、リリちゃんが説明をしてくれる。


「王族は婚姻の際、必ず国王に許可を賜る必要があるのです。許可なき婚姻、または許可なき相手と子を設けた場合、自動的に王位継承権を失うことになっています」


 結婚にも子を産むにも許可がいるのか……。


「この国って側室の文化はないんだっけ?」


「もちろんありますわ。わたくしも側室の子ですの」


 まああるよな。

 8人も子供がいる時点でそういうことだよな。さすがに8人も1人の王妃が産むのはなかなか……。


「今回私たちが狙うのは、『国王による王位継承権のはく奪』です。しかもすでにルールが定まっている『自動的な王位継承権の喪失』です」


 えーと、つまり駆け落ちってことか?

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