このままずっと、ホムンクルス収納用の棺を眺めていても何も始まらない。
覚悟を決めてやるしかないか……。
俺はしゃがみ込み、棺の扉を開ける。眠ったように目を閉じているミサ……ではなくミサそっくりのホムンクルスが姿を現した。
見た目、異常なし、と。
棺の中に手を伸ばし、ホムンクルスの手を取った。
「じゃあ魔力を流すぞ……」
『生命の精霊』よ。
俺に力を貸してくれ。そして、ミサの王位継承権争いにも力を貸してくれ。頼む!
全力で願いを込めながら、合わせた手の平を通じて、少しずつ
手から心臓へ。そして心臓から全身へ。
血液が体内を巡るイメージを強く持ちながら、
さあ、スイッチ入れた。
ホムンクルスよ。呼吸を始めるんだ。
大気中の
お、やったな!
ホムンクルスが自発的に呼吸を始めた!
「良いぞ。順調だ……」
さあ、呼吸が開始できたら、そろそろ目覚めても良いんじゃないか?
もう全身に魔力は行き渡っただろう?呼吸が安定しているわけだから、『生命の精霊』の暴走もなさそうだし?
うーん、目覚めないな……。
失敗か……?
ダメか。
呼吸はしても目覚める気配がない。
「まあ初回だし、ここまでか。肺と心臓の機能が正常に動作しただけでも大成功だな。毛細血管の崩れもないし、肌の色つやも良い。あとはなんで目覚めなかったかの原因を究明して、そこを直せばいけるか……」
今のところ見当もつかないが。
ホムンクルスの手を棺の中に戻して立ち上がる。ゆっくりと体を反って徹夜明けでバキバキの腰を伸ばしていく。そろそろ体力の限界だなー。俺も仮眠するか。
「惜しかったですわ。でも途中までは完璧でしたし、あと少しですわね……」
ミサが一瞬だけ悔しそうな表情を見せてから、いつもの笑顔に戻った。
「まああと少しだな……。リリちゃん、ちなみに『生命の精霊』はなんて言っているんだ? 失敗の原因に心当たりがあったりするとうれしいんだが……」
ダメもとで訊いてみてくれないか?
俺の言葉を受け、リリちゃんが棺の中で横たわるホムンクルスに近づく。そのまま顔に耳を近づけ、『生命の精霊』の言葉を聴いているようだった。耳を傾けながら、何度も小さく頷いていた。
「ハクちゃん、良かったですね。『生命の精霊』が答えを持っていました」
満面の笑み。勝利を確信したかのような笑みだった。
「おお、原因がわかったのか⁉ なんて言っているんだ⁉」
早く教えてくれ!
「ホムンクルスを動かすには、魂の核となるものが必要なんだそうです」
「魂の核? なんだそれは? ゴーレムの時にはそんなものいらなかったよな」
普通に
って、アイツら、俺の
「長期的に魂を安定させるには、核が必要になると『生命の精霊』は言っています。精霊がその核に宿る必要があるので、安定した物資である必要があるとか」
「核っていうのは概念的なものではなくて、物質が必要なのか。魂の核か……。どんなものがそれにあたるんだろうな……」
魔核みたいなものか?
魔物はたしかに心臓の代わりにそういう核を持っているというのは聞いたことがあるが、ホムンクルスもそれに近い存在ってことなのか。
「核となる物質は、ホムンクルスの主人の
条件が細かいな……。
俺の
「もしかしたら、コハク様がいつも握っていらっしゃる石が良いのではないでしょうか!」
ミサが俺のポケットを指さしてきた。
「石? 俺が生成したやつってことか?」
ポケットの中に入っていた鉱石たちをテーブルの上に出して見せた。
「新しい石を作り出した時は、なんとなく記念に手元に置いておきたくなるんだよな……。だいぶ小さいし、どれもそんなに出来が良いわけじゃないけど……」
ほとんどの石は磨いてもいないし、到底宝石とは呼べない代物ばかりだ。
「ハクちゃん、それが良いそうです。『生命の精霊』が、その赤い石が気に入ったと言っています」
「これか? これは……」
俺が10歳の時に、母さんにプレゼントしたルビーの……。
なかなか大きなルビーが作れなくて、けっこう悩んだんだよな。その最初に作ったルビーの原石。試作品ってやつだ。今見ると純度も低いし、構造もちょっと間違っている。懐かしいな。
「これはあんまり出来が良いとは言えないぞ?」
途中で砕けちまうかもしれない。
「それが良いそうです。あなたの
「……そうかい。別に手放すのが惜しいような価値のあるものでもないし、かまわないよ」
なんかな。ちょっと照れくさい……。
「それを、ホムンクルスの口に押し込んでほしいとのことです」
「OK。文字通り体内に取り込むってわけだな」
呼吸しているところに、親指の先くらいあるルビーの原石を突っ込んだりして……のどに詰まらせたりしないよな? それが原因で呼吸が止まって死ぬ……みたいなのはなしにしてくれよ?
「コハク様の宝物がわたくしの体に……コハク様と一心同体になれるのですね。夢のようですわ……うふふふふ♡ はぁはぁはぁ♡」
なぜか異常な興奮状態にあるミサは放置しておこう。
顔はそっくりだが、これはホムンクルスであってお前ではないからな?
ホムンクルスの口を開けさせ、ルビーの原石を舌の上に乗せてみる。
まあ何も起きないよな。
「じゃあ、奥に突っ込むぞ……」
グイ。
『ぐぇぇぇぇぇぇぇぇ』
「ちょっ⁉」
突然ホムンクルスが鳴き声を上げだしたんだが⁉
これって苦しがっているのでは⁉
「だ、大丈夫だそうです! 魂の核が体内に取り込まれていく時に起こる正常な反応だそうです!」
『ぐぇっぐぇっぐぇっぐぇっぐぇっぐぇぇぇぇぇぇぇ』
「マジで……? どう考えてもバグッちゃっていないか⁉」
『ぐぇっ!』
うぉ……止まった……?
呼吸は……しているな。良かった。宝石が原因で呼吸困難には……なっていないな……?
「ホムンクルス、き、起動するそうです!」
リリちゃんが緊張した声で叫ぶ。
ついに!
どうなるんだ⁉
全員が棺を覗き込む中、ホムンクルスが「カッ」と目を見開いた。
お、起きた!
『
お……おお! しゃべった!
「起動成功だ! やったぞ!」
まさかの初回で起動実験が成功してしまったんだが⁉ 俺、天才かもしれん!
と、ホムンクルスがゆっくりとした動作で棺の中で上半身を起き上がらせる。
「お、おお。大丈夫か? 手を貸そう」
「ハクちゃん、これを」
リリちゃんが棺の後ろに回り込み、ホムンクルスの肩に真っ白なローブを掛けた。
そう、当たり前の話ではあるが、ホムンクルスは裸で寝かせていたからな。さすがリリちゃん、気が利くな。ホムンクルスとはいえ、自我がある人造人間なんだし、羞恥心も持ち合わせているだろう。サンキューな。
『
ホムンクルスが俺のほうに顔を向けてきた。
まだ生気の宿っていない瞳。ミサと同じルビーのような赤い瞳……のはずが、少しくすんで見えた。
「おお、なんだ? 一応俺、コハク=フィルズストンがお前のご主人様ってことになっているからな。なんでも遠慮なく言ってくれ!」
『
……はい? 今なんて?