クラリスがカフェを出たとき、心の中にはヴィクターの言葉が静かに響いていた。「あなたは強い意志を持っています。その力は他の人々を救うためにも使えるはずです。」その言葉が、彼女の胸に灯をともすように感じた。
エリザベスへの復讐が終わり、虚しさを感じていたクラリスだったが、ヴィクターとの会話を通じて、新しい目標が生まれつつあった。これまで、彼女はただひたすらに自分の目的――復讐のためだけに生きてきた。しかし、その復讐が完遂された今、自分自身がこれからどう生きるかを問う必要があった。
「他者のために……私の力を使う?」
クラリスはそう呟きながら、自分が本当にそんなことをできるのだろうかと自問していた。これまで彼女の力は、裏切られたことへの怒りと悔しさに突き動かされて発揮されてきた。だが、その力を今度は誰かのために使うという考え方は、彼女にとって全く新しいものであった。
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その日の夕方、クラリスは静かな気持ちのまま王宮に戻った。彼女が自室で一息ついていると、突然、使用人がドアをノックした。
「クラリス様、ヴィクター様がお見えです。」
クラリスは驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。「お通しして。」
ほどなくして、ヴィクターが部屋に入ってきた。彼はいつも通りの冷静な表情で、しかしどこか柔らかい微笑を浮かべていた。
「クラリス様、早速ですが、少しお話ししたいことがありまして。」
「もちろんですわ、ヴィクター様。」クラリスは軽く頷き、彼をソファに促した。
ヴィクターは深く息をついて話し始めた。「先日の会話で、あなたが次に何をすべきか悩んでいることを知りました。そこで少し考えたのですが、あなたにお願いしたいことがあります。」
「お願い……?」クラリスは少し驚いたが、彼の真剣な表情を見て、その続きを待った。
「はい。あなたの知恵と力を、今度はこの国の未来のために使っていただけないでしょうか。具体的には、私たちの王国の周辺で最近、不穏な動きが見られています。貧しい村々では、盗賊が現れ、また異国の商人たちが不当に利益を得ているという噂があります。これに対して、王宮の上層部は手をこまねいている状況です。クラリス様の力を、こうした問題の解決に役立てていただけるなら、大いに助かると思うのです。」
クラリスは目を見開いた。ヴィクターの言葉は、彼女が抱いていた「他者のために力を使う」という考えを現実的なものに変えるものであった。
「私が……この国のために力を使う……?」クラリスは考え込んだ。今まで自分の生きる目的は復讐だけだったが、この提案は彼女に新たな可能性を示してくれていた。
「ええ、あなたの知識と決断力、それに加えて、あなたが培ってきた策略の才は、確かにこの国のために大いに役立つでしょう。私はあなたが、もっと広い視点でこの国に貢献できると信じています。」
クラリスはその言葉に心を打たれた。今までの人生で、彼女の力を誰かが評価してくれることはほとんどなかった。裏切られ、復讐に囚われてきた彼女は、他者のために生きることを忘れていた。しかし、ヴィクターの言葉は彼女に新しい生き方を示してくれていた。
「わかりました、ヴィクター様。私がどれだけお役に立てるかわかりませんが、できる限り力を尽くしましょう。」クラリスは自分でも驚くほど素直にその提案を受け入れていた。
ヴィクターは感謝の意を込めて微笑んだ。「ありがとうございます、クラリス様。これでまた一歩、私たちは国を良い方向へ導くことができるでしょう。」
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数日後、クラリスは早速、ヴィクターと共に最初の仕事に取り掛かった。彼女の役割は、国の辺境にある貧しい村々の現状を把握し、そこに潜む問題の解決策を見つけ出すことだった。彼女はこれまで貴族としての地位に安住してきたが、この任務は彼女にとって全く新しい挑戦だった。
ヴィクターと共に馬車で数日間の旅を続け、辺境の村々に到着した。そこには貧しい住民たちが、盗賊の襲撃や不当な課税に苦しんでいる姿があった。クラリスは初めて、そのような困難に直面する人々の生活を目の当たりにした。
「このような生活を強いられている人々がいるなんて……」クラリスは自分がこれまでどれほど狭い世界で生きてきたかを思い知らされた。
住民たちはクラリスとヴィクターを警戒しつつも、少しずつ彼女たちに心を開き始めた。彼女はヴィクターと協力し、村人たちが抱える問題を一つ一つ解決するための計画を立てた。盗賊団を追い払い、商人たちが不当に課していた税金を見直させる手配を整えることで、少しずつ村の状況は改善されていった。
クラリスは、これまでとは全く異なる充実感を感じていた。人々の笑顔や感謝の言葉が、彼女の胸を満たした。復讐という負の感情ではなく、他者のために何かを成し遂げることが、これほどまでに自分の心を満たすとは思いもしなかった。
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ある日の夜、クラリスはヴィクターと共に村の小さな家で休んでいた。彼女は外の月明かりを見つめながら、静かに言った。
「ヴィクター様、私はこれまで自分のことしか考えていなかったのかもしれません。ですが、今、初めて他者のために何かをしたことで、こんなにも満たされるとは思いませんでした。」
ヴィクターは優しく彼女に微笑んだ。「クラリス様、あなたはこれまで辛い経験をされてきました。それを乗り越えて今、新たな道を歩み始めています。あなたが他者のために力を尽くすことで、あなた自身も救われているのです。」
クラリスはその言葉に深く頷いた。彼女は復讐だけではなく、新しい人生の意味を見つけ始めていた。そして、その道はまだ始まったばかりだった。
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