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第9話 王宮に戻る決意

クラリスが王宮に戻る道中、その心はどこか穏やかでありながらも揺れ動いていた。村での活動を通じて、彼女は他者のために自分の力を使うことができるという実感を得た。しかし、その一方で、完全には消えない過去へのわだかまりと向き合い続けている自分をも感じていた。王宮に戻るという決断をしたものの、心の中で「次に何をすべきか」という問いが依然としてくすぶり続けていた。


「私は本当に、このまま王宮に戻って良いのかしら?」


クラリスは、そんな思いを抱えながら馬車に揺られていた。ヴィクターが隣に座っていたが、彼は特に何も言わず、静かにクラリスを見守っていた。彼女が何を考えているかを察しているかのような、彼の静かな沈黙は、クラリスにとって安らぎの時間でもあった。


やがて王宮が見えてきた。壮麗な城の姿は、クラリスにとっては懐かしいものであったが、同時に苦い思い出も呼び起こす場所だった。王宮に入る度に、エリザベスやレオンとの過去が頭をよぎる。そして、あの時の裏切りの感覚が、再び胸に刺さるのだ。


「ここが、私の過去と未来が交わる場所……」


馬車が王宮の正門前で停まると、クラリスは一息つき、決意を固めた。そして、ゆっくりと馬車から降り立った。ヴィクターも続いて降り、彼女に向かって優しく手を差し伸べた。


「クラリス様、大丈夫ですか?」


その言葉に、クラリスは力強く頷いた。「ええ、ありがとう、ヴィクター様。私は……もう後戻りはしないわ。」


二人は王宮の中へと足を進めた。広大な廊下を歩きながら、クラリスは心の中でこれからの自分の使命について思いを巡らせていた。復讐のために燃えていた自分はもういない。今の彼女には、国をより良くするために自分が何をすべきかが問われていた。



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クラリスとヴィクターが到着したのは、王宮の会議室だった。王宮内の重要な決定が下される場所であり、王国の未来を左右する議題がここで話し合われる。今回、彼女が呼ばれた理由は、彼女の村での働きが認められ、さらなる協力を求められるためだった。


会議室に入ると、すでに何人かの貴族や役人たちが集まっていた。彼らはクラリスの到着に気付き、一瞬ざわめいた。クラリスがかつて王太子レオンと婚約していたことを知る者も多く、その存在感は否応なく会場に緊張感をもたらしていた。


「クラリス様、いらっしゃいましたか。」


一人の男性がクラリスに向かって声をかけた。彼は王宮の重臣であり、国政に大きな影響力を持つ人物だった。クラリスはその声に応じ、丁寧に礼を返した。


「お招きいただき、ありがとうございます。本日はどのようなお話を伺うのでしょうか?」


その質問に、重臣は重々しい表情で答えた。「実は、国境付近で最近、不穏な動きが活発化しており、王国内でも治安の悪化が懸念されております。先日、クラリス様がヴィクター様と共に村を訪れ、盗賊や不正商人の問題を解決してくださったことが大きな成果を上げており、その力を国全体のために貸していただきたいのです。」


クラリスは一瞬驚いた。自分が村で行った活動が、ここまで評価されていたとは思ってもいなかった。それが彼女にとって喜びであると同時に、新たな責任を感じる瞬間でもあった。


「国全体のために……」


「はい。特に国境付近では異国の勢力が活発に動いており、これまで以上に王国が一丸となって対策を講じなければなりません。クラリス様の洞察力と決断力を、どうかこの国のためにお貸しいただけませんか?」


その言葉に、クラリスは再び自分の役割を問うていた。彼女がここまで来るためには、裏切りや復讐という険しい道を歩んできた。しかし、今や彼女には新しい未来が開かれている。自分の力を国のために使う――それがこれからの自分の使命だと、少しずつ理解し始めていた。


「わかりました。私でお役に立てるのであれば、全力を尽くします。」クラリスは力強く答えた。


彼女の言葉に、重臣たちは満足そうに頷いた。そして会議は始まり、クラリスはヴィクターと共に国の未来に関する議論に加わった。



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会議が終わった後、クラリスは静かに王宮の廊下を歩いていた。これまで自分が経験してきた復讐の道と、これからの新しい道。その二つの道が交差するこの王宮の中で、彼女は新たな決意を胸に抱いていた。


「私は、もう過去に縛られることはないわ。」


そう心に誓いながら、彼女はふと、かつてエリザベスやレオンと過ごした日々を思い出した。復讐は果たされた。しかし、それが彼女にとっての最終的な目的ではなかったのだ。今の彼女には、新たな目標がある。そして、その目標を果たすために、自分の力を存分に発揮する時が来たのだと感じていた。


その時、背後から誰かが彼女の名前を呼んだ。


「クラリス……」


クラリスは振り返ると、そこにはレオンが立っていた。彼の表情は硬く、以前の冷たさとは違った、どこか沈んだものだった。彼はゆっくりとクラリスに歩み寄り、静かに口を開いた。


「君に、話したいことがある。」


クラリスは一瞬、心が揺れたが、落ち着いて彼を見つめ返した。レオンと再び対峙することになるとは思っていなかったが、今の彼女はかつての彼に対する感情に振り回されることはなかった。


「わかりました、レオン様。お話を伺いましょう。」


彼女の言葉に、レオンはわずかに頷き、二人は静かに歩き出した。過去の影を振り払うための、そして新たな未来へ進むための、重要な対話が始まろうとしていた。



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