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第10話 過去との対話

王宮の廊下をゆっくりと歩くクラリスとレオン。二人の間には、かつての緊張感とは異なる静かな空気が流れていた。レオンは以前とはどこか違って見えた。かつての傲慢で自信に満ち溢れた表情は影を潜め、その代わりに苦悩と迷いを隠せない様子が垣間見えた。


クラリスはその変化を感じつつも、かつて彼に裏切られた時の痛みと怒りが胸の奥底でわずかに疼くのを感じていた。だが、彼女は今、自分の感情に振り回されることなく、冷静にこの瞬間に向き合う決意をしていた。


レオンが何を話したいのか、クラリスにはまだわからない。しかし、彼が彼女に対してどのような意図を持っているのか、その答えを知る必要があった。


二人は静かに王宮の中庭に出た。そこには美しい花々が咲き誇り、夜風がそよいでいた。満天の星空の下、クラリスは立ち止まり、レオンに向き直った。


「それで、レオン様。私に話したいこととは何でしょうか?」


彼女の問いに、レオンは一瞬言葉を詰まらせたかのように黙り込んだ。彼は深く息を吸い、ゆっくりと語り始めた。


「クラリス……君に、謝りたい。」


その言葉は、クラリスにとって予想外のものだった。彼女は驚きつつも、表情を変えずに彼の言葉を待った。


「僕は、君を裏切った。そして、エリザベスの言葉を信じ、君を見捨てた……あの時、僕は間違っていたんだ。君がどれほどの痛みを抱え、どれほどの屈辱を味わったか、今になってようやく理解した。君に対して、取り返しのつかないことをしてしまったことを、謝罪したいんだ。」


レオンの声には、かつてのような威圧感はなく、真摯な後悔と謝罪が込められていた。クラリスはその言葉を静かに聞きながら、心の奥でさまざまな感情が渦巻くのを感じた。怒り、悲しみ、そして……許しの可能性。


だが、クラリスはその感情にすぐには答えを出さず、冷静に問い返した。


「今になって、どうして謝罪しようと思ったのですか?私がすでに復讐を果たし、エリザベスも失脚した今になって。」


レオンはその質問に少し戸惑ったが、再び口を開いた。


「君の復讐が終わったことで、僕自身が自分の行動を振り返る機会を得たんだ。エリザベスが僕に近づいたのも、彼女の野心のためだったことに気づいた。僕は彼女に操られていた……君に背を向けたのは、僕自身の愚かさだ。君に対しての裏切りを、自分が正当化していたんだ。」


クラリスはレオンの告白を聞きながら、自分の胸の中に再び湧き上がる感情に向き合っていた。彼女は確かにレオンを憎んでいた。しかし、彼がこうして自分の過ちを認め、謝罪の言葉を口にすることは予想していなかった。


「……レオン様。私が経験した苦しみや屈辱は、あなたが想像する以上のものでした。私はあなたを信じ、あなたを愛していました。それが、裏切りによってすべて崩れ去った時の痛みは、私にとって計り知れないものでした。」


クラリスは冷静に言葉を続けた。「ですが、あなたがこうして謝罪の言葉を口にしたこと、そして自分の過ちを認めたことは、私にとって予想外でした。」


レオンは黙って彼女の言葉を聞いていた。彼の表情には、彼女の言葉をしっかりと受け止めようという決意が浮かんでいた。


「私はあなたを許すべきなのでしょうか?それとも、このまま過去を乗り越え、先に進むべきなのでしょうか?私自身、まだ答えは見つかっていません。」


クラリスの言葉に、レオンはしばらく考え込んだ後、静かに答えた。


「許されることを期待しているわけではない。ただ、君に対して謝罪をしたかった。それだけだよ。君がどう思うかは、君自身の判断に任せる。ただ……僕はもう、君を傷つけるようなことは二度としないと誓うよ。」


その言葉に、クラリスは少しだけ微笑んだ。レオンがかつての自分とは変わり始めていることが、彼女にはわかった。だが、それでも彼女の心の中に残る痛みが完全に癒えたわけではない。許しは簡単ではなく、またそれが彼女にとって最善の道かどうかもまだわからなかった。


「レオン様、謝罪の言葉をいただいたこと、感謝します。ですが、私はまだ時間が必要です。過去の自分と完全に決別するために、あなたの謝罪をどう受け入れるべきか、もう少し考えさせてください。」


レオンは静かに頷き、少しだけ柔らかい表情を見せた。「わかった。君の決断を尊重するよ、クラリス。」


二人はしばらくの間、静かな中庭で夜風に吹かれながら立っていた。過去に縛られた関係から、新しい未来への一歩を踏み出すための時間が流れていた。



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その夜、クラリスは自室に戻り、再びヴィクターの言葉を思い出した。「過去の感情が完全に消えることは難しい。しかし、それをどう受け止めるかが重要なのではないでしょうか?」過去を乗り越えるということは、過去を忘れることではない。それを受け入れ、次に進むことが彼女にとっての真の成長なのだと気づき始めていた。


「私は……本当に、過去と決別することができるのかしら。」


クラリスは窓の外を見つめ、再び自問自答した。しかし、今度は恐れや不安ではなく、確かな決意が彼女の心の中に芽生え始めていた。


彼女は、次の一歩を踏み出す準備ができている――そう信じることができるようになった。



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